2009年10月8日木曜日

サッカー談義@大久保「菜心」

10月7日大久保駅そばの路地奥、隠れた台湾家庭料理の名店「菜心」で久し振りのサッカー談義の会を開催しました。メインスピーカーは欧州サッカー事情に精通したスーパーRooneyさん。スーパースターさんとレッズ・サポのスーパーHaseさんは共にご家族の急な発熱で欠席。
話題は、リオでのオリンピック開催問題からアーセナルの次期監督問題まで多岐にわたりましたが、取り敢えずは代表イレブンの選考。GKは西川でやむなし。エスパルスの山本に期待。スーパーHaseさんがいない中、CBでは、ガーナ戦でのチンタラ戻りによる失点が槍玉にあがり、闘莉王が落選。中澤とエスパルスの快進撃を支える初選出の岩下で決定(それにしても昔の坪井タイプの長身・俊足のCBが欲しい)。SBは、長友は満場一致。内田も他に人材がいないということで選出(もう少しスタミナをつけて欲しい)。ボランチは長谷部・遠藤。稲本は忘れた頃見せるミラクルが魅力だが、ベンチスタートが妥当。FWが難題。ゴンの魂を引継ぐ男、ファイター岡崎は決まり。岡崎と組む選手はということになると人材不足。石川を見てみたいということで、ポスト役前田に岡崎と石川を絡めたスリートップ。となると、中盤は、俊輔がトップ下でタクトを振る形に。本田は、これだけ他のメンバーに嫌われていたらどうしようもないだろうと。中盤の守備の不安を考えると長谷部に変えて橋本も入れてみたい。いずれにせよ、中盤のダイナモ・汗かき役がいないのが不安。
こうしてみると、メンバーが小粒化しているのは事実。カリスマ性溢れるスーパースターもいないし、ストライカーもいない(日本のストライカーが育っていない諸悪の根源は「キャプテン翼」というのがRooneyさんの持論)。若い頃のサッカー談義だったら、個性の強い選手を集めたスターチームを代表にという話になったと思いますが、さすがにオジさん達の談義では、サッカーは11人でやるものというところから始まり、チームを機能させる選手という観点から選考が進みました。そして、代表監督は避けて通れない話題。残念ながら次期監督として日本人監督は候補無し。ベンゲル待望論が・・・(アーセナル次期監督をアンリが狙っている?)。ヒディンクを強く推す声がありましたが、さすがに韓国・豪州というライバル国代表監督を歴任した人を招くのは日本人としてのプライドが・・・。上海蟹、北京ダックに角煮風スペアリブという超豪華メニューに舌鼓を打ち、刻み生姜入り紹興酒の酔いの中でサッカー談義は終わるところを知らず、台風前夜、大久保のディープな夜は窓を叩く強風とともに更けていきます。(写真はガーナ戦の先発メンバー)

2009年10月4日日曜日

Project K2 - 慈雨の尾瀬沼

金曜日に休みを取って尾瀬に行ってきました。N隊長に率いられた秘湯巡りも回を重ね、遂に日本秘湯を守る会の宿 10ヶ所宿泊を達成し、無料宿泊クーポンを頂きました。但し、泊まれるのは平日のみ。ということで、山菜と岩魚の食事が抜群だった桧枝岐(ひのえまた)温泉の「かぎや旅館」へ。生憎、草紅葉の尾瀬沼は雨。3ヶ月前に送別の品として頂いたNorth Faceのレインコートが早速活躍しました。こんなに早く使うことになろうとは思ってもいませんでした。人生はどこかでつながっています。余計なものなど何もないし、無駄な時間もありません。人生は、何千万個のピースからなるジグソーパズルのようなものなのでしょう。見た目は全く同じようなピースでも、どこかが違っているし、ひとつのピースは必ず他のピースとつながるものなのです。
雨の日の登山ほど気の滅入るものはありませんが、自然は文字通りの恵みの雨に喜び輝いているようでした。慈雨、秋雨、霖雨、甘雨・・・・、水の国日本では古くから雨は尊ばれていました。木道で再三滑ってお尻にあざを作ろうが、財布の千円札が湿って自動販売機ではじかれようが、樹木たちと一緒に雨を喜ばなければいけないのでしょう。
今回のプロジェクトコードはK2。前回のかぎや(=K)宿泊時に雨の為断念した会津駒ケ岳(=K・日本百名山)の登頂を果たすことが目的であり、2回目のかぎや旅館という意味も込めてK2と命名しました。K2はカラコルム山脈にあるアジア最高峰でもあります。そこで、今回の食事のテーマは「アジア最高峰」。2泊目は山小屋「駒の小屋」(写真下)素泊まりの為、朝昼晩3食分が必要となり、前日の昼食を加え、計4食。シェルパ兼シェフのMr.Tの面目躍如といったところです。初日は、焼肉と宮城県白石の特産麺「うーめん」の日韓異色コラボ。2日目の昼は、博多名物モツ鍋に名古屋名物きしめんを卵でとじて、雨に凍えた体を暖めました。夜は定番のインドカレー。正にアジア最高峰に恥じないメニューでした。いつもながら、シェフパMr.Tに感謝。上の写真は、山小屋のランプの灯りで飲んだ鳥取の地酒「千代むすび」の3年熟成古酒です。古酒独特の薄琥珀色がランプの淡い灯りに映え、ぬる燗の芳醇な香りが、日本酒の複雑な味わいを引き立たせ、「アジア最高峰」の酔いを誘ってくれました。今回も、また、Mission Completed!!

2009年10月1日木曜日

天才シンジ - ドイツW杯分析②

最近は、さすがにNANAMI10番のフランスW杯代表ユニ(不動明王・炎)でのスタジアム観戦ははばかられるので、日韓W杯時の赤富士ユニONO18番での観戦が定番になっています。
小野伸二は、日本サッカー界の生んだ最高の芸術品です。ベルベットという言葉で称されるその独特のボールタッチから繰り出される受け手の足元へのエンゼル・パスは、中田のスペースへの高速キラーパスの対極をなすものです。99年ワールド・ユース・ナイジェリア大会準優勝という日本サッカーの歴史に燦然と輝く偉業は、キャプテンとしてチームを牽引し、舵取りした天才シンジの存在があってこそであり、高原・遠藤・小笠原・酒井・稲本・本山等の黄金世代は、チーム・シンジとして、ドイツW杯での日本代表のコアとなるべき存在でした。しかし、そこに立ちはだかったのが「世界の中田」でした。中田は、チーム・シンジの仲の良さから来る緊張感の無さを折りに触れ批判しました。そして、チーム・シンジとの溝は広がるばかりで中田はチーム内での孤立を深めていきます。こうして一体感と信頼を欠いたまま日本代表は本大会に突入してしまいます。
天才シンジのドイツW杯は豪州戦のあの悪夢の15分間のみで終わってしまいます。柳沢に代わって後半34分にピッチに送り出された小野はチームと全く噛み合いませんでした。中盤での守備とボールキープを期待されていた(とジーコは語っています)小野は、完全にトップ下として前線に飛び出し、ボランチの位置には運動量の落ちた福西だけが残されました。ポッカリと空いた中盤のスペースをついて、豪州がわずか9分間に3つのゴールをあげることになります。小野にとってみれば、2点目をあげて豪州の戦意を挫くことが自らの役割と理解していたはずです。中田も攻撃こそ最大の防御とばかりにDF陣にラインの押し上げを要求していました。2人の天才の思いは同じはずだったのに、結果的には混乱のみがピッチ上に残りました。小野投入時に日本代表は崩壊していたのです。ブラジル戦の惨敗の後で、小野が「俺たちのチームで戦っていたら別の結果が出ていただろう」という言葉を残したと言われています。たとえ、そのような発言は無かったとしても、同じ気持ちを黄金世代のメンバーの誰もが抱いていたと思います。小野を中心とした黄金世代チームでドイツW杯を迎えることが出来なかったのは日本サッカー界の不運であり、中田、小野、稲本、中村、小笠原という稀有な才能の集団をチームとして活かせなかったのは、むしろ、悲劇というべきかもしれません。そこには「ナナがいなかった」のです。
現在の代表チームには、本田や香川という個性的な選手がいます。これらの個性を活かしながら信頼を構築していけるのか?中村や遠藤がナナになれるのか?注目していきたいと思います。

2009年9月27日日曜日

名波とNakata - ドイツW杯の分析①

スポーツジャーナリスト小松成美の書いた「誇り」という作品があります。中田英寿のドイツW杯から引退に至るまでを描いたノンフィクションです。中田英寿を通してフランスW杯を描いた「鼓動」は読んでいましたが、この作品はドイツW杯での日本代表の惨敗のショックをひきずって眼を通していませんでした。今回、文庫本になったのを期に、そして、南アW杯に向かい合う為に、読んでみることにしました。
まず、驚かされたのは、ある意味でライバル関係にあった名波浩が解説を寄せていたことです。その中で、豪州戦の敗戦の後、激励にボンの練習場を訪れた名波に、中田が「ナナがいればなあ」との言葉をかけ、また、この大会を最後に引退すると言っていたことを明かしています。
名波にとって、中田の「ナナがいればなあ」との言葉は全くの想定外だったということでしたが、その言葉が外交辞令ではなかったことが、本編で明らかになっています。まさに、ドイツでの日本代表の惨敗の原因がこの言葉に凝縮されていたのです。
フランスW杯を中田、川口、小野と一緒に戦った名波は、この世代が円熟期を迎えるドイツW杯には日本代表が最強チームで臨めると予言していました。そして、予言通り2006年のチームは最強のメンバーだったことは間違いありませんでした。フランスW杯のメンバーと比べて個々の能力は格段にアップしていました。しかし、ある重要な要素を決定的に欠いていました。中田はそれを「信頼」という言葉で表現しています。「98年のチームには大きな安心感があった。俺がどんなプレーを仕掛けても、それを理解してくれる信頼があった。あのチームにはナナがいたんだ。彼がいてくれたから、俺はリスクを負ってでも前に行けた。信頼で結ばれたチームの強さを実感できたよね。」2006年のチームは、共通のビジョンを欠き、そして、結果として信頼を欠いていました。ジーコが求めたものは「自立」と「自律」であり、与えたものは「自由」でした。しかし、「自分たちが責任を持ち、自分たちのサッカーを構築していくのは、まだちょっと早かったのかな」と中田は回顧しています。そして、「日本のサッカーが世界に通用しなかったのではなく、自分たちの力を100%出し切れずに終わった」と総括しています。フランスのピッチで中田の力を存分に引き出した名波や山口に代わる存在を欠いたこと、そして、リーダーたる中田自身がその存在になり得なかったことが、日本代表最強チームの悲劇でした。中田はこう告白しています。「これまでサッカーを20年やってきて、はっきり分かったことがあるんだよ。それはね、おれの性格が団体競技には合わないっていうこと。」
南アを戦うチームに「ナナ」はいるのでしょうか?「共通のビジョン」「信頼」は築けているのでしょうか?その検証の前に、もう少しドイツW杯のチームを振り返ってみたいと思います。あの天才プレーヤー小野の存在が決定的な負の役割を果たしてしまったのではないかという懸念が振り払えずにいるからです。(続く)
(写真は、ブラジル戦後ピッチに横たわる中田に声をかけるアドリアーノ。パルマでチームメイトだった彼はイタリア語でこう声をかけたそうです。「ヒデ、人生には涙を流すときもあれば、笑うときもあるさ」)

2009年9月19日土曜日

20th Century Boy - T.Rexの想い出

シルバーウイーク初日、20世紀少年を観てきました。アニメの映画化というのには抵抗がありましたが、何よりも時代設定がシンクロしており、同時代のパラレルワールド感覚にハマってしまい、結局、3作とも観てしまいました。
映画の中で「ともだち」が「20世紀少年は、僕なんだよ」とつぶやくシーンがあります。そして、主題歌の「20th Century Boy」が劇中で重要な伏線となります。映画の中でケンヂがこの曲に出会うのは中学3年生。給食の時間に放送室をジャックして、このハードロックをガンガンに流したものの、何の反響も無く、屋上で寝転んで、「ロック流しても何も変わらねぇ」とふてくされます。僕がこの曲を知ったのは高校2年の時でしたから、ケンヂとはほぼ同世代だといえます。この曲は、当時グラムロックの旗手と言われたグループ、T.Rexの代表作です。他にMetal Guruが有名です。
実は、高校時代に、憧れていた女の子がいました。彼女は、同じ高校の1年上の学年の色のスリッパを履いた大人っぽい、それでいて危うげな少女の面影を残した不思議な女の子でした。ある日、学年共通で使っていた物理教室での授業中に、机に鉛筆書きされた詩の落書きを見つけました。T.Rexのヴォーカリスト、マーク・ボランへの憧れをつづった詩でした。署名は「ミッシェル」とありました。僕は「チャーリー・ブラウン」の名前で甘ったるい詩を書き込みました。こうして、物理教室の机の青灰色をしたメラニン化粧板を介して詩の交換が始まりました。そのミッシェルが、憧れていた女の子で、彼女が同学年だと判ったのは、彼女が忘れていった物理の教科書(!!)を届けた時でした。その後、何も起こらないまま、3年への進級とともに物理の授業は終わりました。僕の心には、物理への苦手意識とマーク・ボランへの甘酸っぱい嫉妬だけが残りました。という訳で、T.Rexは嫌いでした。ずっと・・・。でも、20th Century Boy、久々に聴きましたが、いい曲ですね。
人生の一こま一こまは、ヘンゼルとグレーテルのパンくずのように、ほとんどが鳥についばまれてしまっていますが、時々、道の片隅にしっかりと残っていて、闇の中の白い石のように輝いているものです。

2009年9月18日金曜日

Saudade - 切ない想い

このブログに時々素敵なコメントを寄せてくれるYakoさんのサンバのライブに行ってきました。サンバといえば、リオのカーニバルかエスパルスのチャント(応援歌)ぐらいしか浮かんでこなかったのですが、初めて生で聞いたサンバの調べは、ずいぶん趣きが違いました。4分の2拍子のリズムのブラジル音楽はすべてサンバであり、アフリカ人移民のもの悲しい叙情的な音楽がそもそものルーツだったようです。というと、ボサノヴァを思い浮かべますが、Yakoさんによると、前掛りのノリの音楽がサンバ、ノリが後ろに残るのがボサノヴァだということです。(何となく判ったような・・・)
Yakoさんは当日は熱があり、体調が不十分で、不本意なステージということでしたが、ちょっとかすれ気味な歌声は、それはそれで哀愁があり、胸に迫るものがありました。
サンバの重要な要素に「Saudade(サウダージ)」という言葉があります。歌詞にもよく出てきました。「情」とか「心」とか「想い」とかを表す言葉です。郷愁とか懐かしさとか哀愁という意味でも用いられるそうです。想いを搾り出すように歌い上げるのが、サンバの真髄なのかもしれません。
Yakoさんとは20数年ぶりの再会でした。お互い「変わってないネ」と言い合いながら、それぞれ「色々あったんだから・・・」とつぶやく20年間の人生の重み。Yakoさんの歌を聴いていると、20年前の日々を思い出して懐かしさにひたりながらも、もうあの頃には帰れないという切ない想いがこみ上げてきました。これがSaudadeなんでしょうね。リオの眩い陽射しと、白い砂浜に映えるどこまでも黒い影。コルドーバの丘をわたる風。サンバのリズム。そして、マラカナン・スタジアムの大歓声。
5年後のW杯はブラジル。行かなくちゃという想いが募りました。その前に、スタジアムにエスパルスのサンバのチャントを聴きにいきましょうか。(写真はリオ・デ・ジャネイロ)

2009年9月9日水曜日

ガーナ戦 - 日本代表リマスター盤

09.09.09。9並びの日にビートルズ全アルバムのリマスター盤が世界同時発売されました。決して安い買い物ではありませんでしたが、我家の家宝として親子3代引継ぐつもりで、「ザ・ビートルズBox」を購入しました。早速、デビューアルバム「Please Please Me」を聴きながらこのブログを書いています。デジタル技術を駆使し、4年の歳月を費やして、原音を再現したということです。そういわれると、なにやら音のひとつひとつのキレが良く聴こえ、とてもありがたい気がします。
ところで、ガーナ戦の日本代表、オランダ戦のリマスター盤といえる出来でした。何よりも、つまらない点を与えながらも気持ちを切らすことなく逆転したという事実に、素直に喜ぶべきだと思います。TV解説の金田さんが、「本戦第2戦(初戦を惨敗し、これを落とせば予選敗退が決まる一戦)のつもりで戦え」と言っていましたが、まさに、そのシミュレーションに相応しいゲームでした。前半、あれだけシュートチャンスを作りながら、ゴールを奪えなかった日本代表が、後半、いとも簡単に4ゴール。いずれも崩してというよりも、ガーナの足が止まって、スペースが出来た中での得点でした。要は、日本代表は、ゴール前を固められた中では、シュートの体勢に持ち込めても、ゴールマウスにボールを流しこめるだけの技術レベルに達していないが、ある程度守備がルーズになっていれば、得点を重ねられるレベルにはある、ということです。如何に相手の足を止める時間帯を作っていくかが、日本がゴールを奪っていく上での重要な鍵だと思います。前半の有効なプレスは、オランダ戦と一緒。ただ、後半、無理してプレスをかけずに、多少押し込まれながらもゲームを支配していたのは、オランダ戦からの修正を感じました。そして、相手の足が止まった(=足を止めさせた)時間帯に確実に得点。見事な試合運びでした。ガーナがW杯地区予選突破を決めた直後のきつい日程であったこと、また、勝利へのモチベーションに欠けていたことは、割り引かなければなりませんが、いずれにしても、この0-2、1-3からの逆転勝利は、日本代表にとって、大きな自信となり、欧州遠征の最大の成果です。一歩前進といったところでしょうか。日本代表リマスター盤にとりあえずは拍手。

2009年9月6日日曜日

オランダ戦、惨敗? - Another Story

敗軍の将岡田監督は「今日のストーリーではないストーリーも十分に描ける可能性がある」と語っています。その「今日のストーリー」は、0‐3という結果だけみると、想定の範囲内で最悪のものでした。ただ、内容的にはチームとしてのゲーム運びに成長がみられたゲームだったと思っています。マスコミの論調は、前半の日本の攻勢は高い位置での積極的なプレスが機能したことによるものであり、逆に後半の連続失点は、その結果として、スタミナ切れにより運動量が落ちたことによるものと結論づけています。全体的にはその通りだと思いますが、オランダ戦前半の日本代表のプレスは、ガチガチのプレス合戦に持ち込むのではなく、適度に緩めの間延びしたペースに持ち込み、その中でゲームを支配するという大人の試合運びを思わせるものでした。その中でのスコアレスでの折返しは、番狂わせというAnother Storyを予感させるものでした。
ただ、オランダの方が一枚も二枚も上手でした。相手にゲームを支配されていることに対する苛立ちをみせながらも、しっかりとペース配分をしていたようです。やはり、世界の強豪。この試合運びというのは感覚的に身に染み込んだものなのでしょう。後半の一気のギアチェンジに日本はついていけませんでした。これが世界との大きな差といわざるを得ません。
岡田監督は「本戦までに90分プレスをかけ続けられるチームに仕上げる」と強気ですが、わずか9ヶ月でそれだけのスタミナ強化が出来るのか不安を抱かざるを得ません。むしろ目指すべきは、チームとしてのペース配分とメリハリの意識統一ではないでしょうか?遠藤・俊輔にフルタイムの運動量を期待するのは酷ですし、長谷部・内田のオーバーペースは修正する必要があります。オランダ戦前半に垣間見せた「ゲームをつぶす時間帯」を如何に延ばしていくかが課題になります。それが日本サッカーの成熟であり、また、W杯Best4への道でもあります。

2009年9月4日金曜日

クライフのシューズ - オランダ戦前夜

写真はクライフ・ブランドのアップ・シューズです。クライフのサイン入り(勿論、印刷)です。昨年、丸井の靴売り場で見つけました。「クライフなんて知らないよね」と店員のお兄ちゃんをからかったら、「僕は高校までサッカーをやっていたので、勿論、知っていますよ」と爽やかに切り返されてしまいました。観戦専門の私とは違い、彼は足の甲でクライフを知っている訳です。「年の功より足の甲」です。
私の尊敬してやまない貴公子クライフを生んだオランダとの戦いは、いよいよ明日です。今のオランダはパワーとスピードを前面に押し出したチームで、クライフの優雅なスタイルを引き継いでいるのはむしろ遠藤や俊輔を有する日本かもしれません。
FIFAランキング3位の強豪に40位の日本代表が挑みます。力の差は否めませんが、2対3の撃ち合いに持ち込めるのではないかと期待しています。スピードに欠ける中澤・闘莉王のCB陣では撃ち合いになった場合は3失点は覚悟しなければならないでしょう。ただ、オランダ相手に勝ちを狙いにいくとすると、カギとなるのは、ゲーム序盤を如何に省エネで時間をつぶして前後半のそれぞれ残り10分を持ち堪えるスタミナを温存できるかという点、そして、遠藤・俊輔の危機察知能力、岡崎のワンチャンスの決定力だと思います。これが全て機能して1-0の大金星、あるいはそれでも0‐1の惜敗でしょう。TV観戦していて面白いのは前者の撃ち合いのゲームですが、既にW杯本戦へのカウントダウンが始まっていることを考えると、後者の勝負にこだわった戦いをして欲しいものです。
それにしても、オランダ代表監督の「本田って、どこのポジションの選手だ?」との発言。ちょっとは肝を冷やさせてやりたいものです。

2009年8月24日月曜日

馬 - 拓郎考

今日からのオールナイトニッポンGOLDはニッポン放送亀渕社長自らパーソナリティを務めるビートルズ・オールリクエストです。亀淵空昭信こと「カメちゃん」は深夜放送草創期の伝説のDJ。今週も中途半端に寝不足になりそうです。
ところで、先週の番組でムッシュは、拓郎の凄さは何と言っても「詩作り」だと言っていました。拓郎の名曲は限り無くありますが、「馬」はその中でも絶品。「♪馬が走ってく 馬が走ってく でっかい鼻の穴おっぴろげて 馬が走ってく」これはもう、もはや完全に芸術。芭蕉の俳諧の世界ではないでしょうか。一瞬を切り取って見事に一幅の絵に仕上げるその感性・描写力は、他のシンガーソングライターの及ばないところです。「馬」といえば、坂崎が、拓郎のコンサートで、いかにも胡散臭そうな男に「俺、実はあの『馬』のモデルなんです。」とつきまとわれたそうです。真意の程は不明ですが、仮にそれが事実でないとしても、人にそう信じ込ませてしまうような魔力がこの歌詞にはあります。「♪馬が歌ってる 馬が歌ってる 今日までそして明日からを 馬が歌ってる」
実は、番組の中で拓郎の「永遠の嘘をついてくれ」を初めて聴きました。ちょっと緩めの拓郎節。あのつま恋での中島みゆきとのデュエットの緊迫感・切なさとは大きなギャップがありました。勿論、拓郎の存在は偉大ですが、人を輝かせ、自らも更に輝くのが拓郎の凄さかなと。ムッシュとの「シンシア」も同様。そんな拓郎の凄さとキャラクターにどうしようもなく惹かれてしまうのです。拓郎のように生きてみたいと。