2011年8月28日日曜日

なでしこブラシ - 日本のチカラ

ちょっと前の話になってしまいますが、なでしこが国民栄誉賞を受賞した際、副賞として熊野筆の化粧ブラシ(写真)が贈られました。7本セットで約3万5千円。写真を拡大すると判りますが、軸に国民栄誉賞受賞記念の文字が入り、裏側には選手の名前が書かれているそうです。国民栄誉賞の副賞は大体100万円の予算で、受賞者の意向を聞きながら選定してきました。王貞治氏の副賞は鷹のはく製、高橋尚子さんの副賞は腕時計だったとのことです。今回は、受賞者が多数にのぼる為、意向を聞くわけにはいかず、菅伸子首相夫人の発案ともいわれています。熊野筆は、幕末の頃から興り、170余年の歴史を有する広島県安芸郡熊野町の伝統工芸品です。戦後に習字教育が禁止となり、筆の需要が落ち込んだ為、画筆や化粧筆といったブラシ類が作成されることとなりました。今回の化粧ブラシを製造した竹田ブラシ製作所は、熊野町で最も古い化粧ブラシ専門メーカーであり、また、最も小さい会社です。「命毛」という「毛先の先にある描く際に最も重要となる部分」にこだわるという書筆作りの感性をもって製造を行っているとのことです。ほとんど家族経営の会社の製品ですが、欧米でも高い評価を受け、ハリウッドのメイクアップアーティストにも愛用されています。こだわりと技と感性という日本のチカラが世界に通用している好例といえます。その意味で、なでしこへの記念品としては相応しかったのかもしれません。
さて、そのなでしこは、W杯から帰国後の嵐のような日々の疲労をひきずったまま、試練の五輪予選に臨むため、中国に旅立ちました。

2011年8月27日土曜日

出会い - グラスとIn My Life

退職されるSさんの送別会。お花をあげるつもりでしたが、日頃使って頂けるものがいいと思い直して、デパートの食器売り場に。マグカップを探している最中にこのグラスに出会いました。なでしこを彫刻したグラスで、オンザロック用のオールドグラスと飲み口の広がったカップグラス(写真)の2タイプがあり、その名も「なでしこカップ」。底がほんのり撫子色に染まり、一目で魅せられてしまいました。女性にプレゼントするのはどうかなとかなり躊躇しましたが、結局は、この出会いを大事にしようと、群青色の包装紙に包んで、ピンクのリボンをかけてもらいました。Sさんとは30年近くお付合いさせて頂きましたが、考えてみると職場でご一緒したのは数年間で、残りの20余年間は、その時のご縁で年に数回楽しく会食させて頂く間柄でした。ビートルズの中期の楽曲に「In My Life」という人気の高い曲があります。「今まで様々な場所に行った。たくさんの友達や恋人と出会った。僕は時々そんな場所や友達のことを思い出す。彼らに対する愛情を失うことはない。でも、今は、君だけだ。これからの僕の人生で君をもっと愛していきたい。」といった内容の歌詞です。この歌詞はジョンが十代の頃を回想しながら書いた詩が原型になっているというだけあって、出だしは重厚で哲学的なのですが、最後は「I'll love you more.」とラブソングになってしまっています。ただ、このYouを、恋人の「君」ではなく、これまでの友達に対する「君達」という呼びかけだと解釈すると、とても奥深い歌になります。人生の様々な出会い、そして、出会った人々をもっと愛していこうという・・・。
Sさんからお礼のメールを頂きました。「頂いたグラスは大事に使います。グラスを使う度に、なでしこがW杯で優勝した2011年に退職したことを思い出します。」
♪ In my life, I'll love you more.

2011年8月21日日曜日

Giant Killer

初めてのヴァンフォーレ甲府観戦です。しかも、ゴール裏サポーター席で。国立競技場でのホーム戦。相手は昇り調子の浦和レッズ。ホーム戦とはいえ、2万人強の観客の赤と青の割合は2対1程度。特にゴール裏のサポーターによる応援合戦では、音量的にもどうしても劣勢になりがちです。
浦和の圧勝を予想したのはレッズサポーターのみではないと思います。しかし、甲府は名うてのGiant Killer。降格争いの真っただ中にあり、勝利数はこれまでわずかに4勝ですが、そのうち3勝が、G大阪、名古屋、鹿島という優勝争いをくりひろげているBig Nameからあげたものです。
前線にハーフナーとパウリーニョという決定力の高いFWを並べ、しっかり守備を固めてカウンターでゴールを狙うというシンプルな戦い方が、ツボにはまると格上を倒すことになるわけです。また、この戦い方は、攻撃的なチームこそその術中にはまり易く、浦和もまんまとその網に絡め取られてしまいました。
守備に集中を欠いた浦和は前半に3失点。いずれも、パウリーニョのスピードとハーフナーの高さに余りにも淡泊に振り切られての失点でした。最後は、次々と攻撃的選手を投入し、ほとんど2バックで、2-1-7の超攻撃的布陣で攻め立てた浦和ですが、攻撃陣を厚くすれば点を取れるほどサッカーは簡単なスポーツではありません。結局、甲府が逃げ切り、見事なGiant Killing。こんなチームがJリーグを盛り上げます。一方の浦和は、経営赤字転落とともに、リーグ戦も負け数先行の借金生活に。ピンチです。(写真は、ちょっと小さめの甲府ビッグフラッグの下からのショット)

2011年8月19日金曜日

人生の意義 - タイ生保のCMから

前回ご紹介したタイ生命保険のCMは珠玉の名作揃いなのですが、その中でも、このMae Toi (トーイお母さん)が私の一番のお気に入りです。彼女は癌の為に余命2年の宣告を受けます。「私は幸せ。2年もあれば色々な事が出来る」彼女は、体や心に障害を負い、物乞いや盗みを行っていたストリートチルドレン達を引取り、一緒に生活を始めます。「人生の価値は、富や名誉ではない。長生きでもない。自分がどれだけ他の人にとって価値のある人間かということ、そして、誰かを価値のある人にしてあげたかということ」と子供たちに教えます。
定かではありませんが、実在のモデルがいるようです。彼女は100人以上の孤児を育て、寄付を募るために重度の癌患者でありながら、100㎞マラソンを完走したという話もあります。
人生は3分のドラマに圧縮できるものでは決してないし、人生のディテールの大切さを軽視するつもりは毛頭ありませんが、3分のドラマで表現できる人生は、とても幸せな人生なんだろうなと思います。

2011年8月14日日曜日

人を愛するということ - 話題のタイのCM


明治安田生命のCMは小田和正の歌が流れるだけでウルっときてしまいますが、それを超えるCMをタイの生命保険会社が製作していました。この生保会社は、毎年感動的なCMを製作しており、数多くの賞を受賞しています。今回のCMは特にドラマ性が強く、わずか3分の映像ですが、長編映画を観終わった後のような深い感動と心のざわつきを覚えます。(YouTubeのアイコンをクリックして再生して下さい。タイ語の音声が流れますので、音量にはご注意下さい。初めての映像の貼付けです。)
聾唖の父親と思春期の娘の話です。母親は死別してしまったのか、父一人娘一人の家庭です。娘は学校で「聾唖者の娘」とからかわれ、いじめを受けます。手話で明るく話しかけようとする父親に娘は心を閉ざします。「普通の父親が欲しかった。私の話すことを聞いてくれる父親が欲しかった。」娘の誕生日の夜、バースデーケーキを前に娘へのメッセージを一生懸命練習する父親。部屋から出てこない娘を不審に思って部屋の扉を開けると、そこには自殺を図った娘の姿が・・・。手首を血で染めた娘を抱えて、街頭で言葉にならない叫びをあげている父親の姿は、余りに残酷で正視出来ません。彼は、電話で救急車を呼ぶことも出来ませんし、手話を解する人がいなければ、娘を助けて欲しいという必死の思いを伝えることも出来ません。CMの中では、娘は無事病院に運び込まれ、最後はハッピーエンドで終わるのですが、もし、手遅れになってしまっていたらと考えさせられました。それはAnother Storyですが、娘は父親の深い愛情を理解しないまま、この世を去ってしまうことになります。その時、父親は何を思い、何を恨むのでしょうか。人を愛することができるという人間の美性がはらむ余りの惨酷さ。しかし、結局はAnother Storyは起こらないのだと決めつけるのはナイーヴ過ぎるでしょうか。報われない愛はあっても、理解されない愛はないと信じたいのですが・・・。

2011年8月11日木曜日

日韓戦 - KKホットラインと不等辺三角形

昨日の日韓戦は吉祥寺のスポーツバー麦犬(写真)で観戦しました。  ここは「麦」という名のミニチュアダックスが迎えていくれる落ち着いた雰囲気の英国パブ風のお店です。サッカー観戦だけではなく、ちょっとしたパーティでも使えるお薦めのお店です。
さて、日韓戦。アジア杯優勝に加え、なでしこのW杯制覇の好影響か、日本代表は自信に溢れる堂々とした戦いぶりでした。
まずは、ザッケローニ。選手起用がピタリとあたるアジア杯以来のザック・マジックは健在でした。負傷の岡崎の交替要員であれば、森本か松井が順当なところですが、U-22から引き揚げたばかりの清武を投入。その清武が見事にはまりました。2点目の本田への柔らかな落としも鮮やかでしたが、何といっても3点目の香川へのピンポイントクロスは香川の要求通り。香川は、代表では本田や松井とポジショニングが度々重なり、持ち味を出せない時期がありましたが、今は完全に香川ゾーンを作って、気持ちのいいくらいミドルシュートやペナルティエリア内への切込みを繰り返すようになりました。本田、松井、岡崎といった選手が、香川とはどちらかというと磁石のN極同士のように反発しあう関係(決して悪い意味ではなく)にあるのに対して、香川と清武の関係はN極とS極のように惹きあう関係のように思えます。セレッソ大阪で築かれた関係のなせる技でしょうか。かつて日本代表には西澤・森島というセレッソコンビの名ユニットがありました。その再来を思わせる香川・清武のKKホットラインユニットです。日本代表に大きな武器が加わりました。
なでしこジャパンは、高ぶりを抑えながら(じっと耐えながら)も艶やかに舞う日本の様式美を世界にアピールしてくれましたが、ザックジャパンは、遠近透視法(ロングパス・ロングシュート)も立体感(高さ・フィジカル)も無いが、不等辺三角形が複雑に組み合わされた日本画の構図美を表現してくれていました。美しい距離感、美しい位置どりでした。
ところで、韓国に3点差以上の勝利は、1974年9月28日国立競技場での4対1の勝利以来です。釜本が2ゴールをあげ、ブラジルから帰化したネルソン吉村も得点しています。37年の時を経ての文字通りの歴史的勝利と言えます。

2011年8月9日火曜日

森下愛子、スポーツ界を語る

森下愛子(写真)という女優をご存知でしょうか。スレンダーな肢体に憂いを帯びた大きな瞳。小悪魔的な役と清純な役を両方こなせる女優でした。代表作は1978年に永島敏行と共演した「サード」。本名吉田佳代、拓郎の奥さんです。月曜10時からの吉田拓郎・坂崎幸之助のオールナイトニッポンゴールドでは、しばしば、拓郎から奥さんネタが披露されます。昨日の話は、森下愛子がスポーツ界を語るようになったという話。
もともとスポーツ音痴で、拓郎が野球やゴルフのTV中継を観ていても全くのってこず、唯一テニス中継で拓郎がお気に入りのウォズニアッキが出て来ると多少のジェラシーの表情を見せる程度だったそうです。ところが、昨年の南アW杯デンマーク戦の遠藤のFKに魅せられ、以来、熱烈なヤットフリークになってしまいました。1点目の本田のFKには反応せずに、遠藤のFKに感動したというのが面白いところです。1年前はオフサイドルールすら知らなかった森下さんが、遠藤の追っかけをするうちにすっかりサッカーに詳しくなり、今では拓郎に解説しながら試合を観ているそうです。得点シーンでは、その前のプレーに遡って、あのディフェンダーがルーズだったなどと解説しているとのこと。たいしたものです。その森下さんが最近はサッカー界を語り、スポーツ界を語り始めました。「なでしこの活躍で女子サッカーの試合に観客が入るようになったのは、今後のサッカー界全体にとって非常にいいこと」「なでしこの国民栄誉賞受賞で選手以外のスタッフまで対象になったのは、スポーツ界としてとても喜ばしい」などなど。1年前はスポーツの話題には全く興味を示さなかった女性が、今はスポーツ界について熱く語っているという変貌ぶりに、「それを惹き起こした遠藤選手は凄い」と拓郎は語っています。「ただし、嫉妬は感じてはいない」とも。
「ウチの奥さんは怖いんだよ」と照れつつも、本当に嬉しそうに奥さんの自慢話をする拓郎。病魔を2人で乗り越えてきた夫婦愛を感じます。

2011年8月7日日曜日

第4回サッカー検定  

サッカー検定というマイナーな検定制度があります。サッカーに関する知識を検定するもので、TBS系列会社内のサッカー検定委員会が主催し、Jリーグ、日本サッカーミュージアムが協力しています。2009年に4級・5級の資格認定が開始されて以来、2010年に3級が追加され、この7月10日に新設された2級の検定試験が行われました(写真:東京会場の立正大学キャンパス)。現時点での最高位である2級合格者は全国で34名。私もその中に名を連ねることが出来、また、3級に続き最年長合格者の称号を頂きました。(検定資格保有者の呼称も「アドバンスド・エキスパート」から「マスター」に格上げになります。)
サッカー検定のホームページで過去問題の一部を体験することが出来ます(http://www.soccer-kentei.jp/blog/fan/)が、ここで引用されている問題は、かなり基礎的なもので、実際の試験問題はかなりマニアックなもの、ほとんど解答不可能なものが相当数含まれています。「サー・ボビー・ロブソンの後にバルセロナの監督を引継いだのは?」(正解:ルイス・ファン・ハール)というのはいい問題だと思いますが、「フース・ヒディングが現役時代にエールディビジ昇格に貢献したチームは?」(正解:デ・フラーフスハップ)というのは、マニアック過ぎて如何なものかと。また、「マダガスカルリーグでのプロサッカー1部リーグ史上最多スコアは?」(正解:149-0)とか、「初代W杯優勝杯の作者は?」(正解:アベル・ラフレール)というのはうんちくネタでグッド。但し、「1999年女子サッカー世界選手権米国代表のGKは?」(正解:ブライアナ・スカリー)とか「1994年度高円宮杯優勝チームは?」(正解:清水商)というのは正解者がいたとしたら驚き。また、「ヨルダンの女子サッカー選手が着用した民族衣装は?」(正解:ヒジャブ)や「ニューヨーク・コスモスのスポンサーは?」(正解:ワーナーブラザーズ)というのはサッカーの問題?
100問という問題数から、どうしても奇問・珍問を含めざるを得ないという背景は判りますが、サッカー文化の普及を目指しているのであれば、受験すること自体を躊躇してしまうような問題は避けるべきでしょう。また、W杯の開催地・優勝国・MVP・得点王の暗記は已むを得ませんが、この暗記の範囲を高校サッカー・JSL/Jリーグにまで広げるのにも反対です。
今回2級の最年少合格者はさすがに20歳ですが、3級は14歳、4級は12歳。きっと彼らは学校ではサッカー博士と呼ばれているのでしょうね。いいことです。サッカーオタクに市民権を与え、サッカー文化の底辺を広げる為にも、サッカー検定には頑張ってメジャーになって欲しいと願っている次第です。

2011年8月4日木曜日

リベロ、駆け抜ける

元日本代表の松田直樹選手が帰らぬ人となりました。34歳、余りにも早すぎる夭逝です。やんちゃな熱血漢でした。激しすぎるプレースタイルで、退場処分回数は、ストイコビッチに次ぐJリーグ第2位(8回)。監督とも度々対立しました。マリノス時代の大宮戦で、あまりにも前線に飛び出し過ぎるのに業を煮やした岡田監督から「お前のポジションはどこなんだ」と怒鳴られたにも拘わらず、攻撃参加を繰返し、ついには決勝のゴールをあげたというエピソードも残っています。トルシエジャパンでは3バックの不動の一角でしたが、韓国への遠征中、練習時にトルシエと口論になり、ピッチを後にしてそのまま日本に無断で帰国してしまったこともありました。ジーコジャパン時代には、起用法をめぐって衝突し、以降、代表に呼ばれることはありませんでした。
ジュニアユースまではFWだったこともあり、攻撃の好きな選手でした。闘莉王に代表されるように、今でこそ、DFの攻め上がりは常識ですが、3バック全盛期において、そのプレースタイルは特異でした。日本では数少ないリべロタイプのDFでした。長髪をなびかせて「なんだテメー」と叫びながら前線に駆け上がっていく松田選手のプレーにサッカーファンは魅了されました。2010年マリノスから戦力外通告を受けた際には、2万人を超えるサポーターが通告撤回を求めて署名を行いました。ファンから愛される以上にサッカーとチームを愛した選手でした。マリノス解雇後に移籍先として選んだのはJリーグのチームではなく、その下部のJFLのチーム(松本山雅FC)でした。「最も早く声をかけ、熱心に誘ってくれたから」と本人はその理由を語っていますが、愛するマリノスと対戦するチームには行きたくなかったからとも言われています。そして、松本山雅FCでは、マリノスとは雲泥の差の環境の中で、練習から先頭に立って若手を引っ張り、サッカーについて熱く語っていたということです。
リべロは、イタリア語で「自由」を意味します。愛すべきやんちゃなリべロは、文字通り自由奔放にピッチと人生を高速で駆け抜けていってしまいました。「なんだテメー」と叫びながら。謹んで合掌。

2011年8月2日火曜日

なでしこ現象考 - その2

澤のネイルアートは川澄の作品。ジャパンブルーとゴールドを基調にし、シルバーは使わなかった。川澄は料理も得意らしい。普段着のファッションセンスがいいのは澤。丸山がAKB48の衣裳を着せられて「会いたかった」を歌わされるが、音が高すぎてキーを外す。川澄がお笑いタレントの突然の求愛に「ゴメンなさい」。これは、サッカー専門番組で披露されたなでしこの話題と番組の一コマです。ましてや、他のバラエティ番組での取り上げ方は酷いものでした。
凱旋帰国した男子の日本代表に「どんな女性が好きですか?」「一番モテるのは誰ですか?」「髪の毛を短くしたのは何故ですか?」「結婚したいですか?」なんて聞かないだろうと、多少憤りながら番組を見ていましたが、よく思い出してみたら、同じような質問してたかもしれませんね。でも、さすがに遠藤にガチャピンの着ぐるみを着せてコロコロPKをさせるようなことはなかったと思います。
スポーツは文化です。特にサッカーには国民性やその国の社会情勢が色濃く反映されます。それがサッカーの面白さです。なでしこ達が偉業を達成し、女子サッカーがようやくメジャースポーツになろうとしている絶好のチャンスに、それを後押しすべきマスコミが、未だに時代錯誤の「女子供」感覚でしか扱っていないというのが、残念でなりません。これが日本のスポーツ文化の現状であり、女性のおかれた社会状況の現実なのかもしれません。米国のニュース番組では、GKのホープ・ソロが「かつてのチームメイトだった宮間がゲーム終了後真っ先に慰めにきてくれた。彼女は我々の気持ちを察して喜んでいる表情を見せなかった」と語り、なでしこ達の敗者を思いやる態度を讃えていました。FWのワンバックも「私は2度米国の勝利を確信した。でも、驚いたことに彼女たちは決して諦めなかった」となでしこ達の精神力に脱帽しています。これらの発言は日本の報道でも引用されていましたが、果たして、なでしこ達に米国代表の強さ、潔さについて質問したマスコミがあったでしょうか?かつて、オシムは「マスコミは父親である。暖かく見守りつつも厳しく叱責することで、子供は育つ。」と語っていました。スポーツ文化の成熟の為にはスポーツジャーナリズムの成熟が不可欠です。
ところで、女子サッカーW杯と同時期に米国オクラホマシティで女子ソフトボールW杯が開催されていたことを知る人は少ないと思います。日本は惜しくも準優勝でした(写真)。もしかしたら、3年前の北京五輪で金メダルを獲得して大フィーバーを惹き起したということを覚えている人も少なくなっているかもしれません。なでしこに同じ運命を辿らせてはいけません。