2010年1月30日土曜日

大沢館 - 越後で候

大沢山温泉大沢館は雪に埋もれていました。そそり立つ雪の壁を抜けて大門をくぐると、玄関に向かう通路脇に小振りな焼き芋が並べてあります。「ご自由にどうぞ」の貼り紙を確認して、横に置かれた新聞紙にくるんで、部屋に。粋なお迎えと思っていたら、もてなしの嵐はこれからでした。ほこほこの焼き芋で冷えた体を温めた後、露天風呂に向かう廊下には、甘酒が。そして、口直しにこんにゃくの味噌田楽。お風呂上がりには、昔ながらのアイスボックスに各種アイスキャンデーが選び放題。食事の大広間に向かう前に囲炉裏部屋を除いてみると、「ご自由にどうぞ」のお餅とおにぎり。デザートには蜜柑と林檎。夕食が始まる前に、満腹にさせてしまえという作戦にまんまとひっかかったかと思いきや、夕食は山の幸、海の幸を贅沢に満載したなかなかのものでした。食事も終わりに近づいた頃、やおら宿の親父さんが一升瓶を抱えて現れました。泊り客の席を回ってのふるまい酒です。お酒は八海山しぼりたて原酒の「越後で候」。湯呑み茶碗で有難く頂きましたが、原酒だけに普段飲む八海山の上品な口当たりと異なり、荒々しい味わいでした。常連のお客さんの話によると、親父さんは酒好きで、囲炉裏端で客にお酒をふるまいながら、自分も酔ってしまい、客に絡むのが玉にキズとか。当日は、最後まで囲炉裏の間には現れず、どうも、女将さんにたしなめられて、お客さんと一緒に飲むのはこのところ控えているようです。
それにしても、翌朝の食後の無料コーヒーに至るまで、まさに至れり尽くせり。ふるまい酒を注いで回っていた時の親父さんのうれしそうな顔が忘れられません。サービス精神などという言葉が的外れなほど、お客さんがサービスに驚くのを見るのが嬉しくてたまらないといった風情の親父さんの姿でした。駅までマイクロバスで送ってくれた親父さんは、駅舎からのギリギリ車が1台通れる道を不器用に雪壁に車体を擦りながらバックで遠ざかっていきます。また、次のサービスのネタを考えているのでしょう。
新潟在住の反町姫から、雪は大変なんだというメールを頂きました。「雪は、スキー場と温泉場だけにして欲しい」と。そうなんでしょうね。八海山の新酒の荒々しさ、そして冬を越した吟醸酒のたおやかさ。両方とも新潟の姿なのでしょう。「越後で候」。

2010年1月24日日曜日

Project Best 4 - ぽんしゅ館の悲劇

日本秘湯を守る会の秘湯の宿巡りも、12軒目となりました。今回は、越後湯沢をやや北に上った大沢山温泉大沢館(写真上は、宿の部屋から望んだ湯屋)。N隊長、シェフパMr. Tに長老Mさんを加えた4名のベストメンバーということで、プロジェクト名はBest 4。 BestのF(冬)、O(温泉)、U(魚沼産コシヒカリ)、R(冷酒)を楽しもうという意味もあり、何よりも南アW杯でのSamurai BlueのBest 4を祈念するという思いが込められたネーミングです。その前哨戦となったのが、越後湯沢駅ビル内「ぽんしゅ館」での利き酒テスト。4種類のお酒をお猪口で飲んだ後、5杯目のお酒を4種類の中から当てるという趣向です。当ると、ぽんしゅ館認定の利き酒師の称号が与えられます。5年前に初挑戦で称号を獲得したのもつかの間。数ヶ月後の再テストで防衛ならず。今回は5年越しの再起戦でした。日本代表のW杯での戦績を占うという分不相応な気負いがたたり、A・B2つのコースで、いずれも見事にはずしてしまい、意地の再トライで何とか当てて、恰好だけは利き酒師の認定を受けたものの、全く不本意な結果に終わってしまいました。これを日本代表に当てはめると、不覚の2連敗後、最後に何とか1勝という、極めて不吉な面目ない結果といわざるをえません。シェフパMr.Tには、「要はベスト4を目指すといっても、ベストを尽くして、予選グループで4位になるということですか」とまで言われてしまいました。
ぽんしゅ館でのほろ酔いと屈辱が醒めやらぬままつかった大沢館の露天風呂の周りは、見事な雪の壁、そして、真っ白なキャンバス。思わず湯船から飛び出して、雪に残したヒト形(写真下)を、降りしきる牡丹雪がみるみる清めていきます。雪で冷ました頭で考えてみると、なるほど、結果よりもベストを尽くすことが大事であることは確かです。それが、ドイツW 杯惨敗の教訓だったはず。まず行うべきことは、為し得るすべてを為すために万全の態勢で臨み、すべての力を出し尽くす戦略を立て、そして、最高のパフォーマンスを晴れの舞台で行うこと。結果は、結果でしかありません。それがBest 4であれば最高ですが、たとえグループ4位であっても、気持ちよく受け入れるだけのベストパフォーマンスを見せて欲しいと願うべきでは・・・、囲炉裏端で八海山の原酒の意外なコクに驚きながら、そんなことを思うのでありました。
すっかり、前置きが長くなってしまいました。大沢館での雪見酒のご報告は次回ということで、ご容赦下さい。

2010年1月16日土曜日

水溜り

しばらくテンションの高いサッカーネタが続きましたので、今日は、ちょっと脱力系で・・・。
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「水溜り」

朝、玄関を出ると、夜来の雨が残していった水溜りがありました。
お昼前には、地面に浸み入ってしまうか、蒸発して天に還ってしまうかして、跡形もなくなってしまうような、そんなちっぽけな頼りない水溜りでした。
それでも、寒風の下で、精一杯天を仰ぎ、未だ柔弱な陽光を集め、一所懸命に僅かばかりの水を温ませようとしておりました。

2010年1月13日水曜日

高校サッカー選手権決勝 - 7vs7の戦い

10日エコパでの名波引退試合に引続き、11日は国立での高校サッカー決勝。サッカーの神様も粋な演出をするものです。「ジュビロ永遠の7番」名波引退の翌日は、山梨学院大付属高・青森山田高両チーム背番号7番対7番の戦いとなりました。山梨学院大付・碓井、青森山田・椎名は、ともにキャプテン、ポジションも中盤の底のキープレーヤーです。
高校サッカーの決勝戦は、このところ静岡勢の不振で、残念ながら、評論家モードでの観戦ですが、今回は、準決勝をPK戦でかろうじて制した後の「決勝は油断せずに戦いたい」という青森山田の監督のコメントにカチンときたこともあり、山梨という静岡の隣県のよしみもあり、山梨学院側の応援をしながらの観戦となりました。
戦力的に不利と見られていた山梨学院は序盤から猛攻をかけ、無謀とも思えるミドルシュートを連発します。実力的に劣るチームがまずは攻勢に出て、且つ、シュートで終わらせ、優位な陣形を保ちつつ、ゲームを進めるというのは常套戦略ではあります。この戦略が、予想以上の効果をあげます。予想に反して押し込まれた青森山田は、浮足立ち、また、中盤が間延びしてしまいます。これは、青森山田の生命線である柴崎(U-17代表司令塔)-椎名のホットラインの分断にも繋がりました。また、山梨学院の7番碓井の守備に追われた青森山田の7番椎名は、攻撃の起点たりえず、青森山田の攻撃の組立てが出来ません。その中で生まれたのが、山梨学院7番の先制ゴールです。
1-0のまま前半終了した時点で、この点数のままゲームが終了することを予想した人は少ないと思います。しかし、山梨学院は、後半も青森山田にサッカーをさせずに勝利を手繰り寄せます。それは、1点を守ろうとはせず、2点目を目指して、最後まで縦への早いカウンターを繰り返した山梨学院の驚異的な運動量によるものでした。そのダイナモとなって上下動を繰り返した7番碓井が文句なしのMVPだったと思います。そういえば、元旦の天皇杯のMVPもガンバ、そして、日本代表の7番、遠藤。今年は、文字通りラッキー7の年になりそうです。

2010年1月11日月曜日

名波引退試合 - MVP鈴木秀人

1月10日正午過ぎ。試合開始まで、3時間もある愛野駅のホームは既にごったがえしていました。改札口で待ち合わせていた反町姫は、押し寄せる人波に飲まれて、発見出来ず。携帯で場所を確認しあって、北京以来1年半振りの再会を果たし、反町姫の連れの成人式の息子さんを振り切って駆けつけたというSさんと3人そろってエコパに。
14時10分中田を先頭に選手がアップの為にピッチに。フランスW杯日本代表メンバーとジュビロ黄金時代のメンバーに、やべっち、ワッキー、土田、Mr. Childrenの桜井を加えた豪華メンバー。
アップのペアリングも興味深いものでした。名波のパートナーは山口モトさん。ゴンは相馬。高原の相手はワッキー。中田はさりげなくカズと並走しながら、そのままパートナーに。こんなところに中田の心配りが感じられます。
試合内容は、やべっちFCで放映された通り。名波はループにこだわり、再三アウトサイドループパス、ループシュートを試みます。そして、シュートは無情にもバーに弾かれ、ポストに嫌われ。ちょうどヴェネチアでのデビュー戦のシュートがポストを叩いたように。やべっちが大井のファウルでもらったゴール正面からのFKもバー直撃。後半23分高原からのパスを左足アウトサイドからダイレクトでゴール前に走り込むゴンへ。飛び膝蹴りのようにボールを押し込むこれぞゴンゴール。ジュビロの黄金期を彷彿とさせる美しいゴールでした。PKでのゴールはあったものの、流れからの名波のゴールがないまま迎えたロスタイム。ラストプレーで山西からのクロスボールが名波に。ショートバウンドを左足を折りたたむようにダイレクトボレーで振り抜いたボールはネットを揺らし、名波最後のゴールに。43,077人の観客の上にサッカーの天使が舞い降りた瞬間でした。
MVPは、引退を表明したばかりの鈴木秀人。名波の引退試合に相応しい粋な計らいでした。名波の最後の挨拶も、引退する鈴木を労い、W杯に臨む日本代表への活躍を祈念し、ジュビロへの応援を願うといういかにも名波の人柄を表わすものでした。その人間性でジュビロを、そして、日本のサッカーを牽引してきた類まれなリーダーでした。孤高のカリスマリーダー、カズやヒデとは異なり、みんなから愛されるリーダーでした。指導者としての復帰を待ちたいと思います。
「最後の最後まで美しいサッカーシーンを有難う。名波」場所を横浜伊勢佐木町の台湾料理屋に移して、反町姫とSさんと3人のささやかな名波謝恩会を催させて頂きました。

2010年1月2日土曜日

高校サッカー - 甘口解説

西が丘サッカー場は、ベンチの後ろがすぐスタンドのサッカー専用スタジアムです。しかも、観客席が10段しかないので、どの席からもほぼ選手目線でピッチを眺める形になります。素人観客にとっては、臨場感が高まる一方で、遠近感・距離感が掴み難く、プレーヤーの難しさがよく判り、無責任な野次を飛ばしにくいスタジアムです。更に今回は、すぐ後ろのTV放送席にあの辛口解説のセルジオ越後さん(写真下)が。第一試合は岐阜工対東福岡。名門東福岡が右サイド7番を起点に再三決定機を作りますが、岐阜工の体を張った守備の前についにゴールを割ることが出来ず、岐阜工が高さを活かしたセットプレーからもぎ取った2点を守り抜き、ベスト16の切符を手にしました。第2試合、藤枝明誠(写真上)対国見は、伝統校国見が初戦5-0の快勝の余勢を駆って、初陣藤枝明誠を一蹴というのが大方の予想でしたが、開始3分の藤枝明誠の見事な先制ゴールに浮足立った国見が最後まで自分たちのサッカーが出来ず、藤枝明誠が逆に4-1での圧勝。この試合での藤枝明誠の決定力の高さは見事でした。開始早々から攻め続けながら、15分を過ぎるとペースダウンして、勢いを取り戻せないという試合運びは、辛うじてPK戦で勝利した初戦と同じでしたが、この試合ではその15分の時間帯に3つのゴールを奪ったのが勝因でした。セルシオ越後さんの解説は、歓声にかき消されて、よく聴き取れませんでしたが、比較的ほめ言葉が多かったように思います。確かに、展開力と個々のテクニック、特にトラップの技術とキック力は、ここ数年で格段にレベルアップしているように思います。あとは、すぐに倒れないフィジカルの強さと、想定外の展開になった際に動じない精神力と、ゲームの流れを変えていくためのイマジネーションとコミュニケーション能力でしょうか。この辺りは、日頃の練習だけではなかなか磨けない部分です。日本の若者文化そのものが問われるところです。と、セルジオさんに代わって辛口コメントを一言。明日の藤枝明誠対岐阜工は、面白いゲームになりそうです。どちらのチームが浮かれた気持ちを引締め、試合に臨めるか。開始15分間のゲームをどちらが支配し、あるいは、耐えきれるかがカギになりそうです。

2010年1月1日金曜日

賀正 - ガチャピンからのお年玉

新年明けましておめでとうごさいます。
さて、今年も快晴の国立競技場での天皇杯決勝観戦で新年を迎えることが出来ました。このささやかな幸せが10年間続いていることにまずは感謝したいと思います。
元旦の国立のピッチで、ガンバの中盤のダイヤモンドがひと際輝いていました。明神を底に、二川、橋本、遠藤が描くダイヤモンド形は、かつての名波を囲んだジュビロのN-Boxを彷彿とさせるものでした。特に、マークのつきにくいエリアを彷徨いながらも、ここぞという時に加速し、ピンポイントで決定機に絡んでくる遠藤の動きは、芸術の域に達していました。ゲームは、その遠藤の左サイドからのパスに二川が絡み、戻しのパスをルーカスが蹴り込んで、ガンバが先制します。一方の名古屋は、左サイドに張り出した玉田が、加地に完全に抑えられて、攻撃の形が出来ません。前半35分頃から玉田が右サイドにポジションチェンジしたのが功を奏し、漸く自由を取り戻した玉田からのクロスをケネディが頭で落として、走り込んだ中村がゴール。前半は1対1で終了します。ケネディやルーカスのような長身でフィジカルの強いFWを日本代表に望むのは、ケネディと並ぶと肩までしかない安田の姿を見るにつけ、詮無い話ではありますが、ついつい溜息が出てしまうハーフタイムでした。日本代表FW玉田は、その安田は何とかかわせたものの、ベテラン加地の前ではなす術がなかったのです。
後半は、逆に玉田とのマッチアップから解放された加地を起点にガンバの右サイドからの攻撃が冴えわたります。そして、後半32分、するすると上がった遠藤が絶妙なボディバランスでディフェンダー2人をかわし、意表をつく左足シュート。まさにワールドクラスのゴールでした。日本代表には、得点できるミッドフィルダーがいることを強烈に印象付けてくれた、ガチャピン遠藤からの素晴らしいお年玉でした。3点目のキックフェイントからの二川へのラストパス、そして、ダメ押しのゴール。W杯本戦に向けて夢を与えてくれる遠藤の活躍でした。あとは代表で遠藤を輝かせる為に「代表の明神」「代表の二川」を作っていくことです。
代表のことはさておき、ガンバの天皇杯2連覇はお見事。今回は、前の職場の大阪支店のメンバーが送別の品としてどういう訳か贈ってくれたガンバのレプリカユニフォームを着て、ガンバの応援をさせて頂きました。(頂いた時には、申し訳ありませんが、まさかこのユニフォームに袖を通すとは思ってもいませんでした。)名古屋サポーター側の席での応援でしたが、ゲーム終了後、2列前に座っていた広島サポーターのお爺さんから握手をされました。ガンバの天皇杯優勝で、広島がタナボタのACL出場権を得ることになった訳です。人生はどこかで繋がっているし、人と人もどこかで繋がっています。今年もそんな繋がりを大切に過ごしていきたいと思います。本年もよろしくお願いします。