2009年7月12日日曜日

再会 ‐ S&G@Tokyo Dome

ちょっとレトロなデザインの小箱に納めてしっかりと抽斗にしまっておきたいような素敵な1日が唐突に2日連続してやってくることがあります。ただし、「松任谷由実」のアルバムに2曲続けて心揺さぶられる曲が並べられている程度に稀ではありますが(注:「荒井由実」のアルバムは珠玉の名曲の連続です)。決してゴージャスではないけれど硬質な優しさに包まれた至福な時の流れ。
7月10日のAbbey Roadは、渦に翻弄される感じでした。めくるめく感じというのでしょうか。新CDをリリースしたばかりのParrotsの気持ちの高ぶりがストレートに伝わってくる気合い入りまくりの4ステージでした。いつもは「ちょっと一服」といった感じのリンゴのソロまでが熱く響いてきました。聴いている方もグッタリの、久々の真剣勝負ステージ。最高でした。
そして、7月11日、東京ドーム、17時15分。40年の時空を超えて2人はそこに立っていました。白いシャツの上に黒いベストを羽織り、黒いタイを締めたアート。緑色の長袖Tシャツにベージュのパナマハットをかぶったポール。二人が最初に出会った11歳の頃(56年前!!)、アートはきっと算数の得意な優等生で、ポールはちょっとシャイなイタズラ坊主だったのではないかと思います。まさに「Odl Friends」の2人が昔のままの姿でステージの上にいました。そして、観客席には5万人のOld Friendsが・・・。それは、時代を共有したOld Friendsとの再会であり、40年前の自分との再会でもありました。
・・・ To be continued.

2009年7月11日土曜日

拓郎、ファイト!

拓郎が倒れてしまいました。Dr.Steveの名古屋でのツアー初日のレポートでは、「拓ちゃん、元気でした。」ということだったのですが。本人が「最後のツアー」と銘打った今回のツアーは、覚悟の上での挑戦だったと思います。NHKのインタビューでも語っていたように体調は万全ではなかったようです。休止になったツアーのファンの落胆もさることながら、志半ばでのリタイアを余儀なくされた本人の無念さには、胸がつぶれる想いです。タイトルでは、「ファイト!」と書いてみたものの、この際、ゆっくり休養して体調の回復に専念して欲しいと思います。
私は今日まで生きてきました
時には誰かの力をかりて
時には誰かにしがみついて
私は今日まで生きてみました
そして今私は思っています
明日からもこうして生きて行くだろうと (「今日までそして明日から」)
拓郎に少しでも「気」を送ってあげられればと思います。
実は、昨夜は六本木のAbbey RoadでParrotsを聴いてきました。Beatlesのコピーバンドです。拓郎の歌でBeatlesといえば「ビートルズが教えてくれた」そして「ペニーレーンでバーボンを」。リクエストに応えてParrotsもPenny Laneを演奏してくれました。みんな応援しています。

2009年7月4日土曜日

American Dream - コンフェデ杯決勝

ちょっと前の話となりますが、コンフェデ杯決勝、ブラジルが米国に見事な逆転勝利で優勝を飾りました。米国がデンプシーの鮮やかなゴールで前半10分に先制し、更にドノバンの追加点で2点をリードして前半を折り返した時には、ありえない展開に複雑な想いを抱きました。番狂わせを期待する想いと、米国へのジェラシーにも似た想いと。
思い出すのは、2006年ドイツW杯での予選リーグ最終戦。前半33分の玉田のゴールから前半ロスタイムに追いつかれるまでの12分間。落ち着かないフワフワした感覚と一方で肌をさされるような緊張感という不思議な感覚を今でも覚えています。予選突破の為には2点差以上の勝利が必要という特殊な状況で、ありえないはずのもう1点を期待するイケイケの浮かれた自分と、このまま1点差を守りきってとにかくブラジルに勝って欲しいという冷静な自分と。PK戦に持ち込んでもよかった米国のサポーターにとっては、先制した前半10分からハーフタイムの15分を含め、後半39分ルシオのヘッドで逆転されるまでの約1時間半、夢のような時間を過ごしたわけです。ちょっと意味合いは異なりますが、American Dream。至福な時間だったでしょうね。
典型的なリアクションサッカーと酷評する評論家もいましたが、米国はいいチームだったと思います。献身的な守備と球際への執念と強さ。セカンドボールを拾って、素早いカウンターにつなげられるのは、豊富な運動量があってこそ。スペインに加えて日本が手本にすべきチームだと思います。戦術的なフォーメーションサッカーは、米国の国技アメフトの文化がベースになっています。来年の本番での、American Dreamもあり得るかもしれません。写真は、南アW杯の公式マスコットの「ザクミ」ですが、何となく、アメリカンコミックっぽく、ありませんか?

2009年6月28日日曜日

Yahoo! No.10

日本最高所の野天風呂、本沢温泉雲上の湯です。今回は、コードネームYahoo!No.10。Ya(=八ヶ岳)ho(=本沢)o!(=温泉)No.10(=野天風呂×天狗岳)、ということで、八ヶ岳連峰天狗岳に登り、標高2,150mの野天風呂に入って来ました。 コードネームには、Yahoo Tenということで、YT(吉田拓郎)の最後のツアーの成功と日本のNo.10俊輔のエスパニョールでの活躍を山頂と野天風呂から祈念するという意味合いも込められています。
雲上の湯は、山小屋から歩いて5分。河原に湯船をこしらえ、腰を下ろすための板をわたしただけの造作。囲いもなければ、勿論、屋根も無く、これぞ野天風呂。野趣あふれる、小さいながらも豪快な秘湯です。明け方に起き出して、ヘッドランプをつけて朝霧漂う山道を登ります。辿り着いた野天風呂に冷えた体の肩までつかり、見上げれば、東雲の空。日本人に生まれて良かったと思う瞬間です。
今回もシェフ兼シェルパ(略してシェフパ)Tが腕を揮い、1日目の昼食は春菊がアクセントの「牛しゃぶ」、2日目はトマトソースとクリームソースの「紅白スパゲッティ」。大自然の中で味わうミスマッチな贅沢は、格別です。1食ごとに軽くなるリュックにシャフパTの白い歯がこぼれます。N隊長は、雲海に浮かぶ日本アルプスの山並みを遠く望んで煙草をふかしながら、「幸せを感じる・・・」とつぶやきます。眺望を楽しむ余裕も無く、こと山の風景に関しては若干感受性に欠ける私は、頂上に向かって刻みこむような登りの1歩、1歩、下りの岩場にバランスを取りながら慎重に踏みしめる1歩、1歩の歩みに、何故か苦痛よりも充実感を覚えるようになりました。「生きていくってことは、こんな感じなのかなぁ」と。
晴天に恵まれた雲上の地から下界に降りると、そこは雨でした。指先から立ち上る硫黄の残り香がくすんだ雨の香りに消されていきます。雲上でのひたすらたおやかで恵みに満ちた刻(とき)に感謝。

2009年6月25日木曜日

無敵艦隊、喜望峰に沈む

コンフェデ杯準決勝、無敵艦隊スペインが敗れました。しかも、米国に。スペインは、日本代表選手が口を揃えて本大会で対戦したいチームとしてあげる、憧れのチームであり、日本の目標となるチームです。国際試合35戦無敗、15連勝、FIFAランキング1位の「無敵艦隊」の呼称が相応しい最強チーム。かたや、米国。FIFAランキング14位の強豪とはいえ、日本にとっては、同格、もしくは勝てるチームとの意識が強いと思います。フランスW杯では、参加国中、勝ち点がゼロだったのは、わずかに日本と米国の2チームのみ。負け組のお仲間でした。シドニー五輪では、準々決勝で、サッカーでは優りながら、PK戦ヒデのPK失敗で敗れました。北京五輪での0対1の惜敗は記憶に新しいところです。少しずつ、差は広がりつつあることは感じていましたが、まさか、あのスペインを破ってしまうとは。複雑な心境です。詳細は判りませんが、29本のシュートを浴びながらも無失点に抑え、相手のミスを逃さず2得点した(枠内シュート2本!)とのことです。接舷しての白兵戦が得意だった無敵艦隊アルマダは、射程の長い大砲を積んで小回りの効く英国の小型船隊に敗れました。スペイン代表も、堅守速攻の米国の戦略にハマってしまったのでしょうか。29本のシュートというと、28本のシュートを浴びながらも川口の神がかりセーブの連発でゴールを守りきってブラジルを破ったマイアミの奇跡を思い出します。強豪から勝ちをもぎ取るには、ひたむきなボールへの執念を90分間持続させる無骨なサッカーと、そして、少ない決定機を確実に得点に結びつける圧倒的な決定力が必要です。米国の戦い方が想像されます。今の日本代表には決定力は望むべくもありません。そうであれば、美しいサッカーで美しく散る「桜の美学」もあり得るのではと思ってしまうのは、敗北主義でしょうか。今日は、夜中に録画放映のスペインvs米国戦を見て、考えてみたいと思います。(絵はフィリップ・ジャック・ド・ラウザーバーグ作「無敵艦隊の敗北」)

2009年6月20日土曜日

W杯Best 4・・・への道

豪州戦の後、「W杯でBest4になれるんですか?」という素朴な疑問をぶつけられる機会が増えました。4年に1度のサッカーファンの方々が、このような疑問を抱かれているようです。FIFAのランキングからいっても、日本はW杯に出られるか出られないかのギリギリのライン。豪州との1-2での敗戦は現在の実力を反映した結果でしょう。したがって、W杯でBest4というのは、まずあり得ない結果であるといわざるを得ません。ただ、ここまで有名になった岡田監督の「W杯Best4」という目標の意図は何なんでしょうか。
写真は、98年フランスW杯出場権を得たジョホーバルの歓喜の記念ポスターです。当時の岡田監督は、「1勝1敗1分での予選リーグ突破」を公言していました。極めて現実的な目標である半面、最初から正直に「負け」を計算していることに対する批判も少なくありませんでした。当時の日本はどう考えてもW杯出場国の中で最も弱いグループに属していましたし、その中で、予選リーグを突破するには守備的戦術を取って、とにかく守り抜いて勝ち点を拾っていかざるを得ませんでした。そして、その戦略では、運よく予選リーグを突破しても、その上に行く幸運は望むべくもありませんでした。要は岡田監督は「1勝1敗1分」という目標を公言することで、受け身の守備的戦略を宣言していた訳です。サッカー先進国の監督の多くが、「まずは予選突破、そして、Best4」という控えめな目標を掲げます。彼らは、W杯の難しさを身を以て知っているからです。その中で唯一シモンエス監督だけが「優勝」という目標を掲げていました。彼は、「夢を見るのは自由だ」と付け加えていました。彼が率いるジャマイカはクロアチアに3-1、アルゼンチンに5-0と玉砕した後、日本に2-1と勝利し、W杯初勝利をあげました。現実主義が夢の前に屈した瞬間でした。
今回の岡田監督は、「Best4を目指すサッカー(=日本らしいサッカー)」で本戦に臨むと宣言しているのではないでしょうか。結果は惨敗での予選敗退かもしれません。あるいは、世界を驚かせる戦いぶりで大金星をあげ、予選を突破するかもしれません。ただ、結果は別にして、W杯常連国としてのプライドを持った戦いを繰り広げていきたいということだと思います。日本サッカーの将来を見据えた場合、避けては通れない過程です。岡田監督の真意が「Best4」という結果を目指しているのではなく、「Best4のチームらしいサッカーをする」というところにあるならば、それを支持したいと思います。

2009年6月18日木曜日

かもめはかもめ - 豪州戦

試合開始直後から気にはなっていました。CGのようにサッカーの中継にかぶる白い鳥の群れ。最初はセレモニー用の鳩かと思いましたが、羽の先が灰色がかっているし、嘴(くちばし)も大きいし、どうも鴎(かもめ)のようです。中にはピッチ上での熱戦をよそに、コーナーフラッグ付近を我が物顔で歩き回り、虫を啄ばむ猛者も。
松井、肝心のところで機能しませんでした。気持ちは入っていても、体がついていかず、明らかに試合勘が鈍っていました。岡崎、守備では頑張っていましたが、「裏ッス!」の憲剛との合言葉はどこにいってしまったのか。阿部ちゃん、闘莉王とは浦和のチームメートだよね・・・。前半の日本代表は本当に運動量が豊富でしたが、これが90分続くわけがありませんし、このノンストップ・サッカーの副作用としてどこかで精神的・肉体的エアポケットが出来てしまいます。「人もボールも動くサッカー」では、誰か一人が止まってしまうと、全体がノッキングを起こしてしまう構造的課題を抱えています。課題は満載。キリン杯の2戦快勝で期待してしまいましたが、「♪かもめはかもめ 孔雀や鳩や ましてやアジアNo.1にはなれない あなたの望む W杯Best4には はじめからなれない」ということでしょうか・・・。
萎えそうな闘志に火をつけてくれたのが、試合後大写しになった豪州サポーターの横断幕。”Nippon, Forever, In Our Shadow.”「俺たちには永遠に勝てないぞ」「一生、俺たちの影に隠れてろ」ってな感じでしょうか。本戦で答えを出してやりましょう。目にもの見せてやりましょう。まだ、1年あります。

2009年6月11日木曜日

タシケントのパパラッチ

ウズベキスタン戦の応援に飛んだ反町姫から現地レポートが届きましたので、予告通りご紹介させて頂きます。姫は、相変わらず縦横無尽というか、傍若無人というか・・・・。
姫、早速、代表の宿泊ホテルに潜入。
姫「ロビーでは岡ちゃんや中村(憲)がなにやらスタッフと密談中。そのうち俊輔や本田まで出てきてなんとなくスタメンが分かってきた。われわれは『ちょっと、いいホテルでランチしにきたの。え、代表?いたの?ラッキー!』というスタンスでパパラッチ。ついでにリバウドまで捕まえて記念写真。ずうずうしいにもほどがある。ヤットのサインまでせしめて、スタッフに注意され、(これは大阪のおばさん)、同行のハラヒロミ氏に「アビスパの監督になって」と無謀な要求をつきつけたり(これは福岡のおねえさん)、わたしはボンバーと一緒にいるキショーの後をついていっただけです。」
スタジアムの応援風景は、
姫「ウズベキスタンの応援は、統制の取れたものではなく、選手がボールを持って上がった時歓声が上がり、ファウルにブーイングが起こる、といった程度。日本の『威風堂々』フラッグや日の丸が、生き物のようにするするとスタンドを駆け上ると『おおお~~!』と驚愕し、次々と繰り出されるコールリーダーから統制のとれたチャントにびっくりの様子。きっと、日本のサッカーとサポの関係をうらやましく感じた人もいるのではないか。日本のサッカー文化、応援、実に日本らしくてよい。オシムさんのいう『サッカーの日本化』は、サポーターの応援については既にいい感じ。」
そうです。私も昔はTVのダイヤモンドサッカーでのイングランド・リーグ(昔はプレミアなんて言葉はなかった)やブンデスリーガの応援風景を羨ましく思ったものでしたが、今や応援では日本はもう堂々ワールドクラスです。
姫「それにしても、シリア人の審判が吹く『中東の笛』には不可解不愉快!」
そうか、あれが有名な「中東の笛」だったのかと妙に納得。
そして、試合終了。
姫「ウズベキの選手がピッチに座りこみ、侍たちが握手を交わしている間に、(ものの1、2分)あれだけいた観客はどこへやら。『あれ?もういないの』状態。予選通過の喜びにひたっていると、なんと突然スタジアムの照明が、ばばっと落ちてきた。いきなり暗くなってびっくり。目障りだからさっさと帰れということか。」
来年、南アはどうします?
姫「いくらなんでも弾丸ツアーで0泊4日だぞ。」

2009年6月10日水曜日

楕円から多角形へ - カタール戦

花篭が二つに増えました。両方ともオレンジ・黄色系の元気が出るアレンジメントです。
一方、ジャパンブルーは元気がありませんでした。ホームでのドロー以前に、得点はオウンゴールだし、相手のシュートミスに随分助けられていますから、これが本戦の相手だったら、完敗といったところです。おぼつかない南アへの第1歩でした。
岡田監督は、長谷部・遠藤のダブルボランチを代表のヘソと呼んでいるようです。意味するところは、代表の動きの焦点ということでしょうか。2つの焦点、すなわち楕円というのは意味深長です。楕円形で上下動・回転を繰り返しながら、相手の陣形を崩していくということでしょうか。その焦点を失って、前半の代表は、文字通りピンボケ状態でした。岡崎も、今日に限っては、ボールが収まりませんでした。形の出来ない代表に形らしきものをもたらしたのは後半の松井・本田という飛び道具の投入でした。彼らは焦点にはなりえませんが、確実に多角形の頂点を形成して、その結果、憲剛、今野も活きてきて、多角形という新たな形が見えてきました。このパターンもアリかなと思いますし、システムチェンジというオプションは世界を勝ち抜いていくために絶対に必要な戦術です。それにしても、阿部ちゃん、今野、ともに良くなかったですね。折角アピールするチャンスだったのに。肩に力が入りすぎたのか、やっぱり闘莉王との相性が良くないのか。

大木ジャパン

入院生活も早や1週間。食事も3分粥、5分粥を経て全粥となりました。結構、美味しく頂いております。食事時が待ち遠しいというのは小学校以来だと思います。
さて、いよいよ某TV局によれば「運命の一戦」となるはずだったカタール戦です。W杯本戦でのベスト4に向けての第1戦となりました。横浜に駆けつけることは叶わず、病室でのTV観戦となりますが、今回はまだ時間帯が早いのでひんしゅくをかわない程度に声を出させて頂こうと思います。
ベンチ入り禁止の岡田監督に代わって大木武コーチが指揮を執ります。大木コーチは清水東高OB。甲府・清水で監督を経験していますが、2005年に甲府をJ1に昇格させた以外は目立った成績をあげていません。ACミランのサッカーを理想とし、4-3-3の攻撃サッカーを得意としています。今回のチャンスを活かし、攻撃サッカーでカタールを粉砕してもらいたいものです。メンバーは大幅に変わりそうです。特に岡田ジャパンの要のボランチ、長谷部・遠藤が抜ける穴を埋めるのは、橋本・阿部という渋い組合せでしょうか。今野は左サイドの起用で、キリン杯チリ戦でのキレキレのプレーを再現して欲しいと思います。プレーオフ進出の為にどうしても勝たなければならないカタール。策士メツ監督の采配も見ものです。