2012年1月21日土曜日

O君のクロール

正月休みからジョギングを始めました。そのせいか、体が若干軽くなったような気がします。一方で、このところ何かと気が重い出来事が続き、ブログの筆が進まず、すっかり間が空いてしまいました。そこで、2週間ほど前にフェイスブックに書き込んだ昔の思い出話を再掲させて頂きます。小学校時代の思い出です。小学校の級友にO君という寡黙で内気な少年がいました。どちらかというと、いじめられっ子でした。彼も僕同様泳ぎが苦手で、平泳ぎもままならず、犬かきで泳いでいました。そんな彼も夏休みの特訓の成果で、犬かきで25mを泳げるようになりました。担任の先生が彼の努力をホームルームで褒め、みんなも拍手で彼を讃えました。ここまでならば、ちょっとイイ話。ところが、同じホームルームでクラス対抗水泳大会の選手を選ぶことになり、自由形の泳ぎは何でもいいとの話から彼が自由形のクラス代表に選出されてしまいました。子供の無邪気な惨酷さです。O君は、それ以来、顔を時々水につけながら犬かきをし始めました。その方が少しは速く泳げると考えたのでしょう。でも、息継ぎの苦手なO君は、水から顔を上げる度にとても苦しそうに顔をゆがめていました。
水泳大会当日。きれいに晴上がった夏の終わりの日でした。泳ぎ自慢の他のクラスの選手達が、体をへの字に折って綺麗に飛び込む中、O君は、倒れこむ様にお腹を水面に打ちつけて、スタートを切りました。浮かび上がったO君の泳ぎに僕達クラスメイトは息を飲みました。彼は、いつもの犬かきではなく、何とクロールで泳ぎ始めたのでした。他のクラスからは爆笑が起こりました。それは、クロールというには、余りにもぶざまな泳ぎでした。右手が大きく湾曲して、歪んだ顔とともに高く持ち上がり、最後は力尽きた様に大きな音をたてて、水面に沈んでいきました。そして、左手は申し訳程度に肘と手首だけが水面に顔を出しました。バタ足はてんでバラバラで、不揃いな間隔で大きな飛沫をはね上げていました。他の選手達が泳ぎ切った後も、彼はまだプールの真ん中にいました。ほとんど溺れかけていながらも、少しずつ前には進んでいました。そのうちに「O、頑張れ」という先生の声援をきっかけに女の子達が「Oクン、頑張って」と口々に応援し始めました。ただ、僕達男子は何かとてつもなく大きなものを感じて、言葉が出ませんでした。それは、揺さぶられるような想いでした。ただ、感動というには不純過ぎ、悔しさや恥ずかしさがないまぜになった想いでした。何とかゴールに辿り着いたO君は、拍手の中でニコリともせず、ふくれっ面のまま、じっと秋色が漂い始めた真っ青な空を見上げていました。僕の記憶はそこで途切れています。あの時の僕が、プールから上がって来たO君に何と声を掛けたのか、どうしても思い出せません。

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