2014年7月27日日曜日

ブラジルW杯 - 勝つ戦術の欠如

前回のブログでは、日本代表惨敗の原因に「世界のサッカーの進化から取り残されたアジア」を挙げましたが、今回は、「自分のサッカー」に拘ったあまりに勝つ戦術を欠いていたのではないかという点を考えてみたいと思います。
コートジボアール戦では、個人的に50本の日の丸ハチマキを持ち込んで、周りのブラジル人観客(写真)に配りました。にわか日本サポーターになってもらい、試合後は、日本のサッカーに魅了されて本当の日本サッカーファンになって欲しいと願っていました。「自分たちのサッカー」では玉砕だろうと覚悟していながらも、若干の期待は抱いていました。しかし、結果的には、「自分たちのサッカー」の片鱗も見せることなく、敗戦。高い位置に保たれたオーリエとジェルビーニョの右サイドに日本の長友、香川の左サイドからの攻撃が蓋をされ、本田はボールが預けられた瞬間に3人に寄せられてボールを奪われ、ショートカウンターにつなげられる。TV解説でいつも使われる「日本は研究されていますね」の言葉には苦笑いするしかありませんでした。オランダのスペイン戦での5バックを引合いに出すまでもなく、まず、相手の良さを消しあうところから始まるのが、W杯の戦い方。その為の事前のスカウティング合戦は当然のことですし、日本のスカウティング技術は決して低くはありません。危惧するのは、「自分たちのサッカー」に拘るあまり、相手の良さを消し、相手の弱みをつくことをおろそかにしていなかったかということです。このような勝利への戦術の欠如が、勝利への執念の欠如に繋がったのではないか。「自分たちのサッカー」の確立という方向性を否定するつもりはありません。サッカーほど国民性が反映されるスポーツはありません。日本代表サポーターとしての至福は、共感できるサッカーでの勝利です。ただ、勘違いしてはいけないのは、どんな強豪国でも「自分たちのサッカー」を90分貫き通して勝てるほど世界は甘くないということです。どの国も、勝利への綿密な戦術の中に自分たちのサッカーをすかし模様のように織り込んでいるのです。原JFA専務理事は、日本代表の敗因のひとつにザックジャパンの引き出しの少なさを挙げていますが、そのオプションの少なさが戦術の幅を狭めました。結果的に「自分たちのサッカー」に拘らざるを得なかったわけです。

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