2013年6月9日日曜日

Oの悲劇

5月23日国立競技場。藤田俊哉送別試合。至福の時間でした。現役時代いつもTV画面のどこかに顔を見せていた俊哉が、現役さながらの運動量で走り回り、ウルトラマン並みに3分間限定でピッチに立ったゴンが、予告通り、俊哉にアシスト。(「俊哉にはいつもアシストしてもらっていたので、最後は俊哉のゴールをアシストしたい」試合前のインタビュー。)ハーフタイムのカズとのパス練習をはじめ、ゲーム中もカズにボールを集めるなど、妙にカズに気を使っていたヒデなど、見所満載の本当に楽しいゲームでした。その中でも、クライマックスは10数年ぶりのN-Box(名波を中心にMF5人がサイコロの5の目状に配置されたジュビロ磐田最盛期の布陣。週刊サッカーマガジンが名波のイニシャルから命名)。福西が名波を追い越し、俊哉が並走。福西の抜けたスペースを服部がカバー。名波を中心に幾何学模様を描くような見事な流動性は健在。もっとも、服部はかなり体が重そうでしたが。そして、寂しかったのは、N-Boxの一角の奥大介がいなかったこと。すね当てが出るほどソックスを下げて、チョコチョコ走り回っていた奥は、紳士の多いジュビロのプレーヤーの中で珍しいトラブルメーカーでした。レフリーに注意されてソックスを一旦は上げるものの、すぐにずり下がり、再度注意されては、レフリーに逆に食ってかかる。小柄で童顔の容貌も相まって、憎めないキャラクターでした。
その奥が今回の事件。残念です。サッカー選手のみならず、仕事と家庭を両立させなければならないのは、世の常。ただ、この2つは微妙な関係で、トレードオフの関係であったり、どちらかがうまくいかないと他方に連鎖したり。体調不良でサッカーの世界を離れざるをえなかった(FC横浜のテクニカルアドバイザーを辞任)奥の無念さは、推し量るだけでも胸が痛みます。だからこそ尚更家庭に安らぎを求めようとしたのでしょう。自らの存在価値を見つけようとしたのでしょう。その過剰な気持ちが悲劇につながったのかもしれません。
写真は、送別試合でスタンドに投げ入れられた紙吹雪替わりのサックスブルーのメタルテープです。新潟に反町姫から分けて頂きました。裏に俊哉の直筆で書かれていた文字は「サッカー楽しいです‼」あのドリームチームのメンバーには、いつまでも楽しさの連鎖を紡いでいて欲しかった。

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