以前にも書きましたが、Facebookを始めてからBlogの書込みがめっきり減ってしまいました。呟いてしまったことで、何となく心に貯めたものが吐き出され、Blogに想いが込められないということもあります。しかし、この1ヶ月はとても感慨深い出来事が多かったので、反芻しながら、書き残しておこうと思います。
11月18日Paulが東京ドームにやって来ました。さすがに声の伸びと艶には衰えが感じられたものの、アンコール曲の最後にシャウト系のHelter Skelterをもってくるなど、古希を超えているとはとても思えないエネルギッシュな3時間休みなしの圧巻のステージでした。もちろん、Paulの公演は、楽しみにしていたのですが、さらにもうひとつの想いがありました。実は、直前に会社の後輩のM君が突然あの世に旅立ってしまったのです。彼とは、ビートルズのコピーバンドのライブハウス「Abbey Road」仲間でもありました。彼は、「Golden Slumbers」が好きで、いつもリクエストするのですが、彼がいる時に限って演奏されないという残念な巡り合わせの曲でした。今回のPaulのステージで、M君への追悼歌として是非歌って欲しいと願っていたわけです。しかし、残念ながら最後まで演奏されませんでした。この曲は他の3曲とメドレーとなっている為、演奏に約6分を要し、アンコール曲には向きません。やはり、アンコール曲は福島の被災者に贈る「Yesterday」とまさかの「Helter Skelter」。やっぱりダメだったかと諦めていましたが、奇跡が起きました。開演後3時間近くにもなろうかというのに、2度目のアンコールに応じてPaulが再びステージに。キーボードの前に座ったPaulが歌い出したのです。「♫Once there was a way・・・」涙が滲んできました。Paul、奇跡をありがとう。
もう一つ、心に沁みた曲、「Blackbird」。長女が好きな曲でもあります。Paulのアコースティックギターでの弾き語り曲です(写真)。♫Blackbird fly, Blackbird fly. Into the light of the dark black night・・・.
傷ついた鳥に、暗闇の中のほのかな灯りに向かって飛びたてと呼びかけます。Blackbirdは黒歌鳥との和名通り、美しい歌声の小鳥です。Paulはステージでこの歌をこう紹介していました。「60年代の米国で、とても苦しんでいる人たちが立ち上がろうともがいていることをニュースで知ったんだ。公民権運動だった。僕は苦しんでいる人たちに少しでも希望や勇気を与えることが出来ればと思って、この曲を書いた。」
M君は、やんちゃな天使が地上に迷い込んでしまったような、純真で、真っ直ぐな性格の人物でした。こよなく、だんじり祭を愛し、故郷岸和田を愛していました。乾いた東京での暮らしは彼にとっては時にして辛いものだったのかもしれません。魂が解き放たれて、懐かしい故郷の上空であのはにかんだ笑顔を振りまいていることを祈るばかりです。)。♫Blackbird fly, Blackbird fly. Into the light of the dark black night・・・.
2013年12月8日日曜日
2013年11月4日月曜日
東北楽天イーグルスの奇跡
こ
実は、Facebookで日本シリーズ第6戦のマー君の敗戦と最終戦最終回でのリベンジ登板による楽天の日本一を予想していました。今年の「あまちゃん」「半沢直樹」ブームの流れで、あり得ないマンガのような展開、倍返し、最後は東北の復興という展開を冗談半分で予想したわけです。さすがに、予想した「最終戦9回表楽天1点リードながら無死満塁の大ピンチにマー君リリーフ登板。3者連続三振で、楽天が歓喜の日本一」というところまで漫画チックではなかったものの、最後のバッターをキッチリ三振で仕留めての雄叫びは感動ものでした。
実は、Facebookで日本シリーズ第6戦のマー君の敗戦と最終戦最終回でのリベンジ登板による楽天の日本一を予想していました。今年の「あまちゃん」「半沢直樹」ブームの流れで、あり得ないマンガのような展開、倍返し、最後は東北の復興という展開を冗談半分で予想したわけです。さすがに、予想した「最終戦9回表楽天1点リードながら無死満塁の大ピンチにマー君リリーフ登板。3者連続三振で、楽天が歓喜の日本一」というところまで漫画チックではなかったものの、最後のバッターをキッチリ三振で仕留めての雄叫びは感動ものでした。
とはいえ、第6戦で160球を投じて最後までマウンドに立ち続けた段階で、最終戦登板は当然無いものと思っていました。星野監督は最終戦を見越して、マー君を途中降板させたかったはずです。続投を志願したのは、メジャー移籍前の最終登板との想いからのマー君の我儘でした。最終戦のリリーフもマー君の我儘。3点差とはいえ、野球に絶対はありません。勝負師星野を知っている世代としては、らしくない解せない采配ですが、マー君の気迫が、勝負師星野の男気に火をつけたのでしょう。星野監督は温情が裏目に出た際には進退を賭ける覚悟で、マー君の我儘に付き合ったわけです。最終戦のマー君の球威は明らかに落ちていました。コントロールもバラついていました。巨人がマー君の幻想に惑わされず、冷静に選球していたら、攻略は可能だったと思います。そして、もし、最終戦に巨人が逆転劇を演じていたら・・・。来年、更にパワーアップし、シーズン連勝記録を更新するマー君を日本で見ることが出来たかもしれません。とはいえ、野球に「もしも」はありません。東北の被災地にとっては、本当に劇的で最高のフィナーレでした。マー君の快投は、明らかに東北のファンが後押ししたなし得た奇跡でした。寄せ集め集団を日本一のチームに変えたのは、東北への強い想いにより結ばれた絆でした。そして、東北楽天のこの快挙が、東北被災地復興への大きな後押しとなり、風化しかけている復興への絆を日本に再び蘇えられさせることを望まずにはいられません。
2013年10月3日木曜日
Project Kool Js - お・も・て・な・し
秋のMCN秘湯・登山の会のプロジェクト(N隊長、シェフパT参加。ドクターK欠席)は、日本秘湯を守る会の桧枝岐かぎや旅館(K)で一泊し、前後に尾瀬沼と尾瀬ヶ原(O)のハイキングを楽しみ、尾瀬ロッジ(OL)から蛇紋岩(J)の至仏山(S)にアタックするという行程です。頭文字を取って、Project Kool Js。クールな日本を再認識するという意味合いを込めた命名です。かぎや旅館は、尾瀬桧枝岐村で若夫婦が切り盛りする温泉宿です。採れたての山菜を調理した山人(やもーど)料理とそば粉ともち米を練ったデザート「はっとう」が名物の宿です。(「はっとう」は、桧枝岐村の地元料理で、昔、殿様が村人の作ったはっとうを食して、そのあまりの美味しさに驚き、「このような贅沢な食べ物は、祝いや祭りの日以外は食べてはならぬ」というご法度(はっと)が出されことから、この名が付いたと言われていますが、「ほうとう」がなまったという説もあります。)伝統の料理を若いご夫婦が受け継ぎ、日本の良き宿の風情を留めています。温泉も、下手な露天風呂で客を呼ぶのではなく、正統派の総檜風呂でゆったりと魅了します。まさに、「お・も・て・な・し」の宿です。
尾瀬ロッジは、至仏山の登山口に位置する山小屋です。山小屋での食事など普通は望むべくもないのですが、この尾瀬ロッジの食事は絶品でした。山小屋だけに手間こそかかっていませんが、地元片品村の新鮮な野菜や卵を使った料理は、正真正銘、心のこもった「お・も・て・な・し」でした。
尾瀬ロッジは、至仏山の登山口に位置する山小屋です。山小屋での食事など普通は望むべくもないのですが、この尾瀬ロッジの食事は絶品でした。山小屋だけに手間こそかかっていませんが、地元片品村の新鮮な野菜や卵を使った料理は、正真正銘、心のこもった「お・も・て・な・し」でした。
因みに、シェフパT苦心の昼食はスキヤキ→炊込みご飯→即席めんというこれぞクール・ジャパンメニュー。さすがでした。
今回のプロジェクトのクライマックスは、至仏山。標高2,228m。日本百名山のひとつです。蛇紋岩で出来た山肌は乾いていても滑り易く、尾瀬ヶ原からの登りは、樹林帯を抜けてから山頂までの間は、下りは危険ということで、登り専門となっています。その瓦礫道を文字通り這うようにして岩をつかみながら登ります。振り返ると、尾瀬ヶ原が一望に見渡せ、その先に東北最高峰の燧ケ岳がそびえるという絶景が広がっています。そんな景色を愛でる余裕も無く、息絶え絶えでようやく辿り着いた山頂で待ち構えていてくれたのが、写真の眺望です。南方を見渡すと、武尊山(写真中段の青い山並み)の彼方に広がる雲海から顔を覗かせているのは、紛れもなく富士山です。関東のはずれの地からも拝むことの出来る雄大なその姿は、日本の誇る自然美、そして、日本人の「お・も・て・な・し」の精神文化の象徴でもあります。ここにもクール・ジャパンが・・・。
今回のプロジェクトのクライマックスは、至仏山。標高2,228m。日本百名山のひとつです。蛇紋岩で出来た山肌は乾いていても滑り易く、尾瀬ヶ原からの登りは、樹林帯を抜けてから山頂までの間は、下りは危険ということで、登り専門となっています。その瓦礫道を文字通り這うようにして岩をつかみながら登ります。振り返ると、尾瀬ヶ原が一望に見渡せ、その先に東北最高峰の燧ケ岳がそびえるという絶景が広がっています。そんな景色を愛でる余裕も無く、息絶え絶えでようやく辿り着いた山頂で待ち構えていてくれたのが、写真の眺望です。南方を見渡すと、武尊山(写真中段の青い山並み)の彼方に広がる雲海から顔を覗かせているのは、紛れもなく富士山です。関東のはずれの地からも拝むことの出来る雄大なその姿は、日本の誇る自然美、そして、日本人の「お・も・て・な・し」の精神文化の象徴でもあります。ここにもクール・ジャパンが・・・。
Project Kool Js, Mission Complete!
2013年9月23日月曜日
I'll follw the sun - 旅立ちの時
The Beatlesの"I'll follow the sun"。「明日は雨が降るかもしれない。だから、僕は太陽を追いかけていく」「And now the time has come And so my love I must go」ミディアムテンポのギターが、しっとりと染み込んできます。太陽を追いかけて、田舎の一本道を遠ざかっていく人影。そんな光景が浮かんでくる詩情溢れる楽曲です。つい最近、新たな人生を踏み出した友人が、Facebookでこの曲になぞらえて心情を語っていました。まさに、旅立ちに相応しい曲だと思います。ところが、この曲はポールが16歳の時の作品とのことです。しかも、風邪で寝込んでいて、吸った煙草がひどくまずくて、そんな時、レースのカーテン越しに眺めた外の景色を曲にしたものだそうです。風邪をひいた不良少年が煙草に咳込みながら作った曲に、人生の節目の時を重ねて感傷的になるというのは、少しばかり情けない気もしますが、それだけ、ポールが早熟の天才だということなんでしょう。そのポールがやって来ます。太陽を追いかけて、時代を駆け抜けて来た71歳の天才ミュージシャンの歌う"I'll follow the sun"はどんな深みを増しているのでしょうか。2013年9月8日日曜日
祝!東京五輪2020
2020年東京に五輪が戻ってきます。今から49年前の1964年、高度成長期の真っ只中とはいえ、まだまだ戦後を引きずり、みんなが等しく貧しい時代でした。カラーテレビが普及し始めていたとはいえ、多くの家庭ではちゃぶ台の前に白黒テレビが鎮座していた時代でした。ちゃぶ台の上では、アルミ鍋からおでんの湯気が立ち上り、親父は、一升瓶から二級酒を湯呑みに注いでは、茹で落花生をツマミに、舌鼓を打っていました。TVでは、東洋の魔女が回転レシーブを繰り返し、チャフラフスカが躍動していました。アベベの哲人のような風貌と円谷の精根尽き果てたゴールをテレビは見事に映し出していました。重量挙げの三宅、体操の小野、遠藤。そして、世界の凄さを思い知らされたジャボチンスキーとヘーシンク。あの時の映像は、今でも脳裏に鮮明に残っています。あのいつまでも色褪せない日々を、子供たちに味あわせてあげられると思うと、2020年五輪招致成功は本当に快挙だと思います。
ただ、喜んでばかりはいられません。これは、復興への道筋を掲げて支持を得た東京の世界へのコミットメントでもあります。世界への約束実現に向けたカウンターは既に動き始めているのです。7年後には、立派に復興を果たした東北を世界の人々に見てもらわなければなりません。また、7月~8月の開催スケジュールを考えると、現在悪化の一途を辿っているヒートアイランド現象にストップをかけることも急務です。そして、まずは、安倍総理が明確に約束した福島第一原発の放射線問題を早急に解決しなければなりません。五輪は、東京という都市のプロジェクトではありますが、日本が国家として明確な目標設定を行う絶好の機会となりました。前回の東京五輪は、世界に追い付き、世界に踏み出す象徴的なイベントでした。7年後の東京五輪は、世界に日本人の「絆」を示し、スポーツを通じての「絆」というオリンピックの本来の意義を思い起こさせる大会となればと思います。
ただ、喜んでばかりはいられません。これは、復興への道筋を掲げて支持を得た東京の世界へのコミットメントでもあります。世界への約束実現に向けたカウンターは既に動き始めているのです。7年後には、立派に復興を果たした東北を世界の人々に見てもらわなければなりません。また、7月~8月の開催スケジュールを考えると、現在悪化の一途を辿っているヒートアイランド現象にストップをかけることも急務です。そして、まずは、安倍総理が明確に約束した福島第一原発の放射線問題を早急に解決しなければなりません。五輪は、東京という都市のプロジェクトではありますが、日本が国家として明確な目標設定を行う絶好の機会となりました。前回の東京五輪は、世界に追い付き、世界に踏み出す象徴的なイベントでした。7年後の東京五輪は、世界に日本人の「絆」を示し、スポーツを通じての「絆」というオリンピックの本来の意義を思い起こさせる大会となればと思います。
2013年9月1日日曜日
Project 青い秘密 - 岩木山編
さて、待つこと1時間半。カレーが煮詰まり始めた頃、ようやく別働隊が到着しました。途中で雪渓を登らざるを得ない箇所があり、難渋したとのことでした。疲れ切った身体には、南三陸で頂いたキュウリが心地よかったと思います。一緒に頂いた味噌との相性も抜群でしたし、味噌はカレーの隠し味にも使わせて頂きました。「青い秘密」です。
東北の震災地は、2年余を経ても、未だ復興への道筋も見えない状況でしたが、被災地の人々が、いや日本国民全体が、写真のように坂の上に浮かぶひとひらの雲を見据えつつ、厳しい坂道を登り始める日が来ることを切に願っています。
2013年8月31日土曜日
Project 青い秘密 - 何も始まっていない
夏バテ気味で、ブログの更新がすっかり滞ってしまいました。というより、Facebookでポツリポツリと呟いているうちに、ブログでのまとまった文章作りが億劫になってしまったというのが、正直なところかもしれません。気を引き締めて、この夏のプロジェクトの記憶を書き留めておくことにします。
MCN秘湯登山倶楽部で毎年初夏に実施している秘湯を絡めた登山。今年は、青森県の最高峰、1,624m岩木山と百沢温泉の旅です。岩木山は、津軽富士の名前で知られる美しい容貌の山です。 青森、岩木山、百沢音泉、ミチノクコザクラ、津軽富士の頭文字を集めて、プロジェクトコード名は「青い秘密」。青春の思い出や隠れた記憶を辿る旅にしたいとの思いもありました。
業務多忙のN隊長は同行出来なかったものの、シェフパTと救護隊員ドクターKとともに、青森に向かう途中、震災被災地をレンタカーで巡りました。あれから2年半、力強い復興の姿を確かめておきたかったのです。しかし、そこにあったのは・・・。
まず向かったのは、志津川町防災対策庁舎(写真)。今でも慰霊の献花が絶えません。鉄筋の骨組みのみ残した庁舎跡の周りに広がるのは、一面の野原。瓦礫の山に夏草が生い茂り、気まぐれな初夏の雨が降り注いでいるだけでした。被災地巡りのもう一つの目的地は、陸前高田の奇跡の一本松モニュメント。枝葉の一つ分をTeam MC78の仲間で募金させて頂きました。復興の象徴にとの想いを込めてのものでしたが、一本松の周辺の陸前高田一帯は2年経ってようやく瓦礫の撤去が終わった段階。復興の2文字とは程遠い状況でした。車のナビが、かつてそこにあった街並みを虚しく映し出します。それが、未来予想図であると信じたいのですが、その希望さえ打ち砕いてしまうような惨状でした。決して風化させてはいけないものがそこにありました。現実への直視が薄れていることをひしひしと感じる被災地巡りでした。当時は、折しも参院選を前にした時期でした。選挙の争点は、憲法改正論議とかアベノミクス論議。復興への取組みを第一に論じる候補者はいませんでした。そして、現在の政局は、消費税論議に。復興から視点がどんどん離れていっています。
今、密かに期待しているのは、NHK朝ドラ「あまちゃん」。来週放映予定の天野アキのGMTメンバーとの初ライブの日にちの設定は、2011年3月12日。明らかにあの大震災と絡めた展開が予想されます。復興に挑むアキはじめ北三陸の人々のひたむきな姿に、日本全体がもう一度「絆」の言葉を思い出すことを願っています。
MCN秘湯登山倶楽部で毎年初夏に実施している秘湯を絡めた登山。今年は、青森県の最高峰、1,624m岩木山と百沢温泉の旅です。岩木山は、津軽富士の名前で知られる美しい容貌の山です。 青森、岩木山、百沢音泉、ミチノクコザクラ、津軽富士の頭文字を集めて、プロジェクトコード名は「青い秘密」。青春の思い出や隠れた記憶を辿る旅にしたいとの思いもありました。
業務多忙のN隊長は同行出来なかったものの、シェフパTと救護隊員ドクターKとともに、青森に向かう途中、震災被災地をレンタカーで巡りました。あれから2年半、力強い復興の姿を確かめておきたかったのです。しかし、そこにあったのは・・・。
まず向かったのは、志津川町防災対策庁舎(写真)。今でも慰霊の献花が絶えません。鉄筋の骨組みのみ残した庁舎跡の周りに広がるのは、一面の野原。瓦礫の山に夏草が生い茂り、気まぐれな初夏の雨が降り注いでいるだけでした。被災地巡りのもう一つの目的地は、陸前高田の奇跡の一本松モニュメント。枝葉の一つ分をTeam MC78の仲間で募金させて頂きました。復興の象徴にとの想いを込めてのものでしたが、一本松の周辺の陸前高田一帯は2年経ってようやく瓦礫の撤去が終わった段階。復興の2文字とは程遠い状況でした。車のナビが、かつてそこにあった街並みを虚しく映し出します。それが、未来予想図であると信じたいのですが、その希望さえ打ち砕いてしまうような惨状でした。決して風化させてはいけないものがそこにありました。現実への直視が薄れていることをひしひしと感じる被災地巡りでした。当時は、折しも参院選を前にした時期でした。選挙の争点は、憲法改正論議とかアベノミクス論議。復興への取組みを第一に論じる候補者はいませんでした。そして、現在の政局は、消費税論議に。復興から視点がどんどん離れていっています。
今、密かに期待しているのは、NHK朝ドラ「あまちゃん」。来週放映予定の天野アキのGMTメンバーとの初ライブの日にちの設定は、2011年3月12日。明らかにあの大震災と絡めた展開が予想されます。復興に挑むアキはじめ北三陸の人々のひたむきな姿に、日本全体がもう一度「絆」の言葉を思い出すことを願っています。
2013年7月31日水曜日
ブラジルへの道程 - 東アジアカップ
ところが、帰国して早速録画を見てみると、違った風景が見えて来ました。確かにゲームを通して押し込まれる展開には変わりがないのですが、TV画面での選手の身振りや表情には、スタンドで感じていたほどのバタバタ感がないのです。スタンドからの観戦はピッチ全体が見渡せて、フォーメーションや選手個々のポジショニングが分かる醍醐味がありますが、高低・遠近がアバウトだったり、選手の表情が読み取れないのが難点です。時としてスタンドから見るととんでもないミスパスが、TVで見ると実は気持ちを込めた絶妙なスルーパスを狙ったものだったりします。この試合もスタンドからだと、日本代表が苦し紛れに蹴り返すだけの極めて情けない展開に見えましたが、TV画面での選手の姿にはむしろ余裕すら伺え、戦略的にリスクを抑え、あえて堅守速攻に徹して勝負に拘る姿勢が読み取れました。代表へのアピールを図りたいというのが選手達の本音だったと思いますが、はやる気持ちを抑えてチーム戦術に徹していました。コンフェデ杯とは選手が一変していますが、チームとしてコンフェデ杯惨敗の教訓を踏まえ、成長した姿を見せてくれたと勝手に解釈しています。監督解任の声もあがり、優勝が絶対条件の中、ザッケローニは大胆なターンオーバー制を取り、全選手に出場機会を与えるとともに、主力メンバーに最終戦前に休養を与えることにも成功しました。結果的にこの作戦が当たり、また、韓国戦3人目に投入した豊田が守備で貢献するなど、ザックも本田同様「持っている男」なんでしょう。
2013年6月30日日曜日
コンフェデレーション杯2013 ‐ 見えてきたもの
コンフェデレーション杯2013は、3戦全敗という日本代表にとって極めて厳しい現実をつきつけられた大会となってしまいました。W杯アジア最終予選を最終戦を残して予選突破を決めたとはいえ、予選終盤の戦いぶりは決してアジアチャンピオンに相応しいものではありませんでした。「このままでは世界とは戦えない」という不安を抱えてのブラジルへの旅立ちでした。コンフェデ杯3戦で9失点の守備では、世界では勝ち点を奪うことは出来ません。得点力を考えると、とにかく、失点を1点以内に抑えることが、まず挑むべき課題でしょう。一方で、4得点には一縷の光明を見出すことが出来ます。日本のバスサッカーが世界のDF陣を切り裂いた瞬間もありました。第三の動きの運動量を増やし、連動性を高めていけば、世界の脅威となるポテンシャルは秘めています。最大の問題点は、イタリア戦、メキシコ戦で露呈した試合運びの稚拙さでしょう。高い温度と湿度、過密スケジュールという過酷な試合環境の中で、一本調子の常にフルスロットルの戦い方では、どこかでエアポケットが出来てしまうことは避けられません。日本代表の失点は、いずれもそのエアポケットをつかれたものです。2013年6月17日月曜日
途切れさせてはいけないもの
W杯アジア予選最終戦イラク戦。コンフェデレーション杯初戦ブラジル戦。そして、Jリーグ東日本大震災復興支援スペシャルマッチ。本当に慌ただしくも至福の1週間でした。
イラク戦は勝ったことだけが全て。本来の目的のサブの選手を試すという点では不十分。且つ、起用されたサブの選手はアピール出来ず。W杯本戦に向けた準備の第一歩としては、何となく消化してしまった試合となってしまい、満足なものではありませんでした。その結果が、コンフェデレーション杯初戦。世界とアジアの差をまざまざと見せつけられた惨敗でした。「個」のレベルの違いは明らか。それに加え、ここぞという時のチームとしてのスピードはもはや異次元。長友は「中学生とプロのゲーム」と揶揄していました。この惨敗を本戦で繰り返すわけにはいきません。何をすべきか?本田の言うように「個の向上」はもちろん必須ですが、これを前面に押し出すのは危険です。「個」の差を前提として、どう戦うのかの戦略を練るべきでしょう。いわゆる「自分たちのサッカー」をアジア仕様から世界仕様に設計変更せざるを得ないのが、現実の姿であり、これから1年の課題だと思います。
さて、Jリーグ東日本大震災復興支援スペシャルマッチ。昨年に続き2回目の開催となります。写真はキックオフ前の黙祷のシーンです。被災地にゆかりのある選手で構成されたTeam As OneがJリーグ選抜を下し、昨年に続き勝利を飾りました。一旦退いた闘莉王がFWとして交代で出てくるなど、選手自身も楽しみ、エンターテイメントの要素も散りばめられたマッチでしたが、反面、勝ちにこだわった熱い気持ちも感じられ、被災地に勇気を与えるイベントに相応しいゲームでした。スタジアムでは、被災地の小学校のグラウンドに簡易照明を設置するための募金が行われていました。小学生たちが日没後もサッカーを楽しめるようにという目的です。募金の使途としては、他に優先順位の高いものもあろうかと思いますが、サッカーファンが是非してあげたいことなのです。それぞれが、その立場と見方で、出来ることを続けていくことが大事なのだと思います。日本代表の「個」と「組織力」の向上。震災復興。それぞれに終わりのない長い道のりですが、一歩、一歩、足を踏み出し、歩みを継続していくことこそが、重要なのではないでしょうか。決して途切れさせてはいけない。
イラク戦は勝ったことだけが全て。本来の目的のサブの選手を試すという点では不十分。且つ、起用されたサブの選手はアピール出来ず。W杯本戦に向けた準備の第一歩としては、何となく消化してしまった試合となってしまい、満足なものではありませんでした。その結果が、コンフェデレーション杯初戦。世界とアジアの差をまざまざと見せつけられた惨敗でした。「個」のレベルの違いは明らか。それに加え、ここぞという時のチームとしてのスピードはもはや異次元。長友は「中学生とプロのゲーム」と揶揄していました。この惨敗を本戦で繰り返すわけにはいきません。何をすべきか?本田の言うように「個の向上」はもちろん必須ですが、これを前面に押し出すのは危険です。「個」の差を前提として、どう戦うのかの戦略を練るべきでしょう。いわゆる「自分たちのサッカー」をアジア仕様から世界仕様に設計変更せざるを得ないのが、現実の姿であり、これから1年の課題だと思います。
さて、Jリーグ東日本大震災復興支援スペシャルマッチ。昨年に続き2回目の開催となります。写真はキックオフ前の黙祷のシーンです。被災地にゆかりのある選手で構成されたTeam As OneがJリーグ選抜を下し、昨年に続き勝利を飾りました。一旦退いた闘莉王がFWとして交代で出てくるなど、選手自身も楽しみ、エンターテイメントの要素も散りばめられたマッチでしたが、反面、勝ちにこだわった熱い気持ちも感じられ、被災地に勇気を与えるイベントに相応しいゲームでした。スタジアムでは、被災地の小学校のグラウンドに簡易照明を設置するための募金が行われていました。小学生たちが日没後もサッカーを楽しめるようにという目的です。募金の使途としては、他に優先順位の高いものもあろうかと思いますが、サッカーファンが是非してあげたいことなのです。それぞれが、その立場と見方で、出来ることを続けていくことが大事なのだと思います。日本代表の「個」と「組織力」の向上。震災復興。それぞれに終わりのない長い道のりですが、一歩、一歩、足を踏み出し、歩みを継続していくことこそが、重要なのではないでしょうか。決して途切れさせてはいけない。
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