2012年10月17日水曜日

ブラジル戦 ‐ 世界との距離

2006年ドイツW杯グループステージ最終戦、ブラジルとの対戦は、玉田の一撃で先制しながら、結果は1‐4。試合終了後、顔をおおってピッチに横たわったままの中田の姿が記憶に焼き付いています。まさしく、「惨敗」の二文字が相応しいゲームでした。6年の時を経て、今回のブラジル戦は同じ4ゴールを奪われ、更に完封負け。スコア的には前回を下回る結果でした。しかし、日本代表の選手達の表情に6年前のようにブラジルに蹂躙された無力感はありませんでした。むしろ、自らの実力を出し尽くした爽快感すら感じました。シュート数はブラジル15に対して日本9と、決して少なくありませんでした。逆にコーナーキック数は、ブラジル2に対して日本10と圧倒しており、少なくともゴール近くまで度々攻め込んでいたことを如実に表しています。ボールポゼションはほぼ互角だったと思いますし、ブラジル陣内であれだけパスを回せるチームはめったにいないと思います。6年前に比べて日本代表の大きな成長を感じました。親善試合だからこそ出来たことではありますが、強豪ブラジルとがっぷり四つに組んでわたり合おうとした日本代表は、少なくともメンタル面では、サッカー強豪国の仲間入りを果たそうとしています。
ただ、課題も見えてきました。ブンデスリーガで絶好調の清武と乾ですが、まだまだ世界レベルではないことは認めざるを得ません。アジアというモノサシではなく、世界というモノサシで測ることができたことが、今回の欧州遠征の大きな意義になりました。ハーフナー、清武、乾は残念ながら及第点に届かず。その意味で、佐藤寿人を試さなかったのが如何にも残念でなりません。課題として痛感したのは「ゴールに向かう姿勢」の差。ブラジルの先制点が象徴的でした。日本代表が細かいパス回しでブラジルDF陣を崩そうと四苦八苦していたところを、ブラジルは、日本DF陣を崩す手間など面倒とばかりにパウリーニョが25m近いトゥーキックでのミドルシュート。日本代表のレパートリーには入っていない攻撃パターンでした。日本代表の課題として、よく「決定力」という言葉が使われますが、そこに行きつく前の「崩し」に神経を集中する余り、肝心のシュートという「決定」的瞬間に集中力が散漫になってしまっている感があります。ゴール前のパスがひと手間多いという悪癖もこの「崩し」への過度のこだわりが原因だと思います。この「結果よりも過程」は日本人の特質ではありますが、この呪縛から抜け出すことが「決定力」を上げる重大な要因ではないかと思います。もうひとつ目立ったのが、同じパス回しでも、ブラジルのパスが7m前後での距離感なのに対して日本の場合には5m以内だという点。パススピード、精度という技術的な差によるものでしょうが、「守備はコンパクトに、攻撃はワイドに」がサッカーの基本。如何に攻撃の際のパス交換距離を広げ、相手守備陣の穴を広げていくかも、今後の課題でしょう。こうやって、課題を挙げていくと、本田(写真)は試合後「点差程のチーム力の差は無い」と語っていましたが、現段階では、結果的に妥当な点差だったのではないかと思っています。課題が見え、そして、日本代表は確実に成長を遂げていることが確認できました。ブラジル戦はザックの思惑通り、意義深い対戦となりました。世界はまだ遠いが、背中が見える距離にあります。


2012年10月14日日曜日

And Your Bird Can Sing

The Beatlesの中期の曲に「And Your Bird Can Sing」という楽曲があります。1966年にリリースされたアルバム「Revolver」に収録されている曲です。ツインリードギターでのリフレインの演奏が秀逸で、お洒落なメロディラインの名曲だと個人的には思っていますが、評価が分かれ、一般的にはそれ程人気のある曲ではありません。作者のジョンも、後に「つまらない曲で、ゴミ箱行きの曲だよ」と斬り捨てています。歌詞は、
♪ あなたは欲しいものはすべて手に入れたというけど
  私を手に入れてはいない  
  あなたは世界の七不思議を見尽くしたというけど
  私を見ることは出来ない
  あなたの宝物が重荷になってきたら
     私の方を向いて
  私はいつもあなたのそばにいるから
といった具合の一見安っぽいラブソングです。ただ、気になるのは、曲のタイトルにもなっている「And Your Bird Can Sing」のフレーズ。ヒントになるのが第2フレーズの「And your bird is green」。普通に訳せば「あなたの小鳥は緑色だね」なんですが、これでは意味をなしません。Greenには「世間知らず」とか「青ざめている」という意味もあります。「あなたの小鳥は世間知らずなんだよね」とか「あなたの小鳥は青ざめているよ」という風に訳して、「そして、あなたの小鳥は歌うことが出来る」の訳と重ねると、この「小鳥」とは、実はThe Beatlesなんじゃないかと解釈されます。だとすると、この「You」は小鳥の飼い主であるブライアン・エプスタインということになります。
当時、The Beatlesは、アイドルから世界的なミュージシャンへの過渡期にありました。前年リリースしたアルバム「Rubber Soul」に続いて、{Revolver」という音楽性の高い実験的なアルバムを発表し、独自の音楽世界を築きつつありました。もはや、その生み出す楽曲は、当時のステージでの再現は不可能であり、実際、ライブを中止し、スタジオでの音楽作りに専念するようになっていました。この曲「And Your Bird Can Sing」は、彼らのそんな思惑を無視して、世界ツアーを企画し、彼らを数々のステージに引き回してきたマネージャーのブライアン・エプスタインを揶揄した曲だったのではないでしょうか。歌詞は続きます。
♪ 小鳥が傷ついたら あなたは悲しむのかな
     むしろ目が覚めるかもしれないね
これは、ジョンのエプスタインに対する精一杯の皮肉だったのかもしれません。
そのエプスタインは、翌年の1967年8月にアスピリンの過剰摂取で突然の死を迎えます。検死の結果、事故として処理されましたが、同年9月末にはThe Beatlesとのマネジメント契約が期限切れとなることもあり、自殺ではないかとの説も根強くささやかれています。
改めて聴いてみても、この曲のメロディはやはり素晴らしいと思います。その曲に、つまらない詞をつけてしまったという悔恨の思いが冒頭のジョンの「ゴミ箱行き」発言に繋がっているのかもしれません。
ところで、ちょっと前のブログで内田篤人と拓郎の「外は白い雪の夜」の話題を取り上げましたが、朝日新聞の内田のインタビュー記事に「休日は家にこもって音楽を聴いている。対象は安室奈美恵から吉田拓郎まで幅広い」と紹介されていました。

2012年10月13日土曜日

フランス戦 ‐ 「青」の誤算

デシャンフランス代表監督は、試合後の会見で「格上の相手に負けたのなら落ち着いていられるが、今日はそうではない」と文字通り落着きを失ったコメントをしています。W杯欧州予選の大一番スペイン戦に向けて弾みをつける一戦にするつもりが、よもやの敗戦。フランス代表(Les Bleus‐青‐)にとっては、大きな誤算でしたが、ゲームの中でもいくつかの誤算が重なりました。まず、仮想スペインとして、日本のパスサッカーを予想していたのが、前半は完全に日本が委縮して、パスサッカーどころではなかったこと。その前半に14本のシュートを放ちながら、得点できなかったことが第二の誤算。フランスが圧倒的にゲームを支配していた前半のうちに先制点が入っていたら、ゲームは全く異なった展開となり、11年前のサンドニの悲劇(0‐5の惨敗)が再現された可能性もあったと思います。第三の誤算は、高さを活かせなかったこと。スペイン戦を考えても、高さはフランスの強力な武器になるはずです。ところが、コーナーキックという高さを活かす絶好のチャンスが15回もありながら、ゴールを割れず。これはかなりショックだったと思います。コンディションが良くなく、温存を予定していたリべリを投入せざるをえない展開になったのも誤算のひとつ。ただ、リべリが入って、中央突破から日本のDF陣が崩されるシーンが増えただけに、もう少し早く投入していたら、結果が違っていたかもしれません。また、吉田のペナルティエリア内でのジルーへのチャージをPKを取ってもらえなかったのも、ホームゲームでの誤算といえば、誤算でしょう(ただ、審判がスコットランド人ですから、英仏の関係を考えるとホームタウンデシジョンは期待出来なかったでしょうが)。もうひとつのブルー、Samurai Blueも誤算だらけでしたが、その誤算を何とかしのいだのが勝因でした。誤算の第一は、やはりフランスの名前に怯えてしまったこと。いつものように前線からの積極的守備が出来ませんでした。ただ、サイドに追込む守備を最後まで徹底し、フランスの攻めをサイドからのクロスという単調な攻めに限定させ、ゴールを守り抜きました。第二の誤算は、アジアで猛威を奮ったハーフナー・マイクの高さが、世界には通用しなかったこと。前線へのくさびのパスが全く収まらない状況では、厚みのある攻撃は困難です。ワントップは前田の一枚看板でいかざるを得ないのか、本田をFW起用するのか、あるいは、岡崎や佐藤寿人のような裏に抜けるタイプのFWに託すのか、ザッケローニは決断を迫られそうです。そして、最大の誤算は、自分達らしくないサッカーで勝ってしまったことでしょう。大方の予想は、日本らしいサッカーを展開しての惜敗。その逆になってしまったことをどう受け止めるかが、日本サッカー界につきつけられた難問といえるでしょう。私自身、アウェイでフランスに勝ったという歴史的勝利を目の当たりにしながら、日本代表のゲーム運びに満足できず、素直に喜べない自分に戸惑っています。
デシャン監督は、コメントの中で更にこう語っています。「我々が試合を優位に進めていたが、点を決められず、最後に罰を受けた。」プラン通りにならないのがサッカー。ただ、その誤算にどこかで折り合いをつけていかないと、最後に惨酷な結末が用意されているのもサッカーです。
ところで、日本のあの得点は見事でした。今野の60m近いドリブルでの攻め上がり。並行して左サイドをフリーで駆け上がる乾。右サイドから中央に切れ込む香川。その空いたスペースに駆け上がる長友。首を振って周りを確認していた今野ですが、長友までは見えていなかったそうです。ただ、香川の動きで察知し、左サイドでフリーになっていた乾にではなく、右サイドのそこにいるべき長友へのスルーパスを選択しました。長友のダイレクトクロスを香川が倒れ込みながらシュート。すべてがジクソーパズルのピースのようにピタッとはまって生まれた美しいゴールでした。

2012年10月9日火曜日

Project SM@SH II

連休中に伊豆に行ってきました。登山・秘湯仲間のN隊長とシェフパTと一緒に、会社の先輩Mさんの中伊豆の別荘にご招待頂き、バーベキュー・温泉・テニスを楽しんできました。毎回恒例のプロジェクト名は"SM@SH II"。「SM(イニシャル)さんの@SH(Second House)での優雅な生活にごご相伴させて頂いて、テニスコートでスマッシュを決めよう」の2回目(II)という安直なものになってしまいましたが、2年前の前回とは一味違った、想い出深いプロジェクトとなりました。別荘の近くに伊豆市公営の温泉施設「万天の湯」と付帯施設のテニスコートがあります。高原のテニスコートで爽やかな汗をかいて、富士山を眺望しながら(当日は雲で見えず)弱アルカリ性の温泉で汗を流すという最高の施設です。しかし、テニスコートは、オムニコート7面のうち4面は手入れされないまま放置され、サーフェースが至る所で剥げ、雑草が茂っているという有様。残りの3面もネットはボロボロで、ところどころコードワイヤーに紐で結びつけられていました。万天の湯の周りでヤギが3匹放し飼いになっており、植木の葉や下草を食んでいました。万天の湯の管理人のおばさんが飼っているヤギで、夜は家に連れて帰るということでした。連休中にも拘わらず、いかにも寂れた風情が漂っていましたが、案の定、現在、入札で売却先を探しているとのこと。売却最低予定価格は約60百万円です。来年の秋口までにどこかのリゾート運営会社が買い取って、再生してくれるといいのですが。
帰路立ち寄ったのが、写真の北川(ほっかわ)温泉のこれまた公営の黒根岩風呂。海抜0m、波の飛沫が舞い散る波打ち際に掘られた豪快な露天風呂です。水平線に伊豆大島が浮かび、その向こうに遥かアメリカを望むということで、キャッチコピーが「アメリカを見ながら入る野天風呂」。伊豆でのレジャーの帰りに最後の伊豆を堪能する絶好のスポットといえます。ただ、難点は、もう下界に戻りたくなくなること。体の隅々まで温泉の温もりと潮の香に満たされ、雄大な気持ちになれる別の意味でのパワースポットです。夕食は、早川港の定食屋「大原」で絶品のアジフライと金目鯛の煮付けを堪能して、Mission Complete!
何の気兼ねもない仲間と、Opus Oneと純米酒「戦勝正宗」でほろ酔い気分になり、UNOとテニスに興じ、2つの温泉を巡って、思いっきり、心も体も弛緩出来た伊豆の休日となりました。SMさん、N隊長、シェフパTに感謝。ふやけた脳みそでは、気の効いた纏めも出来ず、目一杯単なる日記のブログとなってしまいましたが、ご容赦を。
そうそう、伊豆で朝のジョギング中、JogBoyを起動していたiPhoneに嬉しいメッセージが。Dr.Steveから拓郎のライブへのお誘い。先行抽選予約で外れ続け、発売当日もネットが繋がらず、チケットが取れずに諦めていただけに、嬉しさもひとしお。Dr.Steveにひたすら感謝。

2012年9月30日日曜日

Project M 後篇

赤湯温泉山口館(写真右上)は、創業100年を超える温泉宿です。苗場山5合目の文字通り中腹に位置し、登山口の元橋バス停から4時間の山路を徒歩で登らなければたどり着けない秘湯中の秘湯です。電気は無く、もちろん、電話も通じない下界から隔離されたランプの宿です。河原を掘った露天風呂が3ヶ所あり、鉄分の多い赤色の湯の「玉子の湯」と「薬師湯」、そして、清流と同じ澄んだ青色の「青湯」の2つの湯質を、せせらぎの音を聴きながら楽しむことができます。
館主は、いかにも山小屋の主人といった風情の還暦前の武骨な山男でした。80代半ばの母親と東京の板前修行から戻って来たばかりの息子さんとの親子3代で、宿をきりもりしています。当日の宿泊客は、我々4人だけ。にもかかわらず、ご主人は、わざわざ、雨の山中に分け入って、食材の舞茸を採っておいてくれました。素朴ながらも気の効いた味付けの山菜料理を美味しく頂いた後、「実は・・・」と切り出してみました。ご主人は、1年前のMさんの捜索にも参加していたとのことで、当時の様子をポツリポツリと語ってくれました。最後は、「もっと早く発見してあげられなかったのが悔しい」と嗚咽ながらに。ランプの下での追悼の酒盛りにご主人も加わり、Mさんの人となりについて話しているうちに、何故か昭和歌謡の歌合戦に。Mさんは、仲間との酒盛りが大好きで、いつも陽気なお酒でした。盛上げ役のMさんが舞い降りてきてくれたんでしょう。改めて、合掌。

2012年9月27日木曜日

Project M 前篇

Mさんとは不思議なご縁でした。会社の同僚ではありましたが、仕事上の繋がりはさほど深くなく、むしろ、アフター・ファイブでナイターテニスをしたり、B級グルメのお店巡りをしたり。日本酒を愛し、ワインにも詳しく、テニス、龍馬、拓郎など趣向が重なる部分が多い人でした。今にして思うと、本当に引出しの多い人で、趣味や話題を合わせてくれていたんだなと思います。いつも笑顔で、場を盛り上げるのが上手な人でした。友達を大事にし、そして、何よりも家族を愛した人でした。そんなMさんが不慮の事故で苗場山で他界したのが昨年の6月のことでした。
1年余を経て、ようやく追悼登山を実現することが出来ました。苗場山頂の山小屋で一泊し、降りしきる雨の中、細い九十九折れの山道を這うようにして下り、中腹の秘湯赤湯温泉へ。赤湯温泉の手前にサゴイ沢に架かる鉄橋があります。沢の上流がMさんが遭難した場所と推測され、その下流で追悼の祈りを奉げさせて頂きました(写真)。Mさんの愛した「亀泉CEL-24」は残念ながら手に入らず、代わりに同じ土佐のお酒「司牡丹 船中八策」を供えました。司牡丹もMさんが好んだお酒でしたし、龍馬ゆかりの船中八策ということで許してくれたんではないかと思います。どの酒蔵からも「ひやおろし」の出てくる季節ですが、亀泉は「CEL-24は冬まで熟成させないと本当の味にはならない」とのこだわりの下、12月まで寝かせてから出荷する為、この時期には手に入らないとのことでした。そんな言い訳に、Mさんの「おぉ~っ、それは仕方がない。冬まで待ちましょう」との声が聞こえてきそうでした。
いつしか雨はあがり、雲の切れ間から秋の高い空がのぞきます。ほどなく山道を下り、河原づたいの岩場を5分ほど行った所にMさんが目指し、辿り着くことの出来なかった赤湯温泉山口館がありました。(後篇に続く)

2012年9月13日木曜日

ゴールはどこ? ‐ イラク戦

イラク監督、ジーコ。元日本代表監督。本名アルトゥール・アントゥネス・コインブラ。「ジーコ」は「やせっぽっち」の意味で子供の頃のあだ名。現役時代は「白いペレ」と称された中盤の名手。ちなみに、ペレの本名は、エドソン・アランテス・ド・ナシメント。以上は、9月9日に行われたサッカー検定の為の詰め込み勉強の成果です。9月11日ブラジルW杯アジア最終予選イラク戦。埼玉スタジアム2002は6万人を超える観客で埋まりました。試合前の両チーム選手紹介アナウンスでジーコ監督への歓声・拍手が最も多かったのは印象的でした。ジーコの采配は、的確でした。ザック・ジャパンのペースメーカーであり、パスの経由点である遠藤と本田にマンマークをつけ、両選手へのパスコースを遮断。日本代表のパスサッカーの分断を図ります。一方で、ボールを奪うや、ダイレクトプレーで日本ゴールを脅かします。格上のチームに対するアウェーの戦い方に徹していました。選手起用も、「レギュラー陣と控えを総取替えしたジーコの奇襲」とマスコミでは紹介されていますが、システムに選手を合わせた結果、そして、日本のスピードに対応出来る選手をピックアップした結果の選手起用だったのでしょう。選手にシステムを合わせた日本代表監督時代とは様変わりでした。そんな練りに練った作戦も実らず、スローインからの一瞬の隙をつかれて失点。日本戦での勝ち点奪取はなりませんでした。ジーコが、試合後「今の日本は強豪と言ってもいいぐらい成長している。W杯で上位に進出する可能性は十分にある」と語っています。一方、左サイドで躍動し、存在感を十分みせつけた長友は「チームとしての成長は感じるが、まだまだ成長度合いが遅すぎる。このままでは、W杯での優勝は目指せない」と語り、ジーコの「上位」どころか「優勝」をハッキリと口にしています。ビッグマウス本田も常々「W杯優勝」を唱えていますが、夢を確実に現実に変えてきた長友の言葉には重みがあります。
イラク戦を終えて、2つの意味で「ゴールはどこ?」の疑問が湧いてきました。一つは文字通り決定力不足の解消策。ザックに「決めろ」と喝を入れられた本田が、日本代表全シュート数13本の3分の1以上にあたる5本のシュートを放つもゴールに繋がらず、本人も「決定力を上げないと世界の強豪には勝てない」と語っています。「ゴールはどこ?」ゴールの穴を瞬時に察知する能力を研ぎ澄ますことが日本代表の課題です。後は、ジーコが言っていたようにその穴にパスをすればいいのです。もう一つの疑問は、サポーターとしてのゴールをどこに定めるべきなのかという点です。ドーハの悲劇、ジョホールバルの歓喜を同時代性をもって知っている世代にとって、未だ「W杯は出て当り前」の感覚がしっくりきませんし、W杯本戦での目標は、やはり、グループステージ突破なのです。選手の口にするゴールとのギャップを感じつつ、選手に追いつかれ、逆に置き去りにされた喪失感を味わっています。「サポーターのゴールはどこ?」(写真は、いつもの青みがかったシャツ姿で選手に指示を与えるジーコ監督。甲高い声が聞こえてきそうです。)

2012年9月5日水曜日

バンビ、ぬりかべに跳ね返される

試合前は、ヤングなでしこが、ドイツの高い壁をどう攻略していくかと思いを巡らせていました。平均身長差10cm。ドイツの平均身長170cmをヤングなでしこのスターティングメンバーで超えていたのは、サイドバックの浜田のみ。写真は試合前の整列時の写真ですが、遠近が完全に無視されて、ドイツ、審判、ヤングなでしこの順に階段状に低くなっているのが判ると思います。しかし、高さ以上にヤングなでしこがてこずったのが、ドイツのコンパスの長さと身体の厚み・重さ。重厚長大対策は、日本代表に共通する課題のようです。かくして、ヤングなでしこ、バンビ軍団の快進撃はドイツの重戦車・ぬり壁軍団に文字通り押し潰されてしまいました。得点的には3-0の完敗ではありますが、なす術なく蹂躙された前半の戦い方を後半は良く修正し、後半だけ見れば、互角以上の戦いでした。サッカーは試合を通じて必ず波があります。ドイツのようなタイプのチームはとにかく前後半の初めは力で押してくるので、バイタルエリアを固めて慎重にゲームに入ることが大事です。ところが、乗りに乗っているヤングなでしこは、キックオフ後いつも通り、高い位置でのプレスでボールを奪いにいくイケイケのサッカー。ただ、複数で囲んで奪いにいくだけに、そこを抜け出されると一気にピンチとなってしまいます。1点目、2点目はまさにその失点。完全に入り方を誤ってしまいました。一方、攻めも右サイドからの単調な攻めに終始し、せっかくサイドを突破しても、中央に受け手がいない繰り返しで、前半はわずかシュート2本に抑え込まれてしまいました。
後半は、3点リードでドイツが守備的になったこともあり、立ち上りから日本ペース。ヤングなでしこ達もドイツの選手との間合いをつかみ、1対1でかわせるようになり、パスがつながるようになりました。しかし、再三のチャンスもゴールに繋げることができず、波はひいていきます。
ただ、試合後のインタビューを聴くと、ヤングなでしこ、しっかりと反省を口にしています。一回りたくましくなったヤングなでしこの3位決定戦に期待しましょう。

2012年9月2日日曜日

熱帯夜に・・・「外は白い雪の夜」

このブログに時々登場して頂いている「反町姫」とは、4年前北京五輪でお会いし、それ以来、国立やヤマハスタジアムで何回か再会を果たしていました。今回のロンドン五輪は、旅程が別の為、まさかお会いすることはないだろうと諦めていましたが、なんと、カーディフのミレニアム・スタジアムでバッタリ。しかも、すぐ前後の席。信じられない因縁です。その反町姫から、五輪の写真とともに面白いサッカーネタが届きました。サッカー日本代表、五輪でも活躍した吉田麻也のブログに、ウッチーこと内田篤人が吉田拓郎の名曲「外は白い雪の夜」にハマっていると自ら投稿。ウッチーに何があったのかと、ウッチーファンの間に波紋を投じているそうです。この曲は松本隆の作詞で、男女の切ない別れが男女の掛合いという形で歌われています。「♫傷つけあって生きるより 慰めあって別れよう」「♫今夜で別れと知っていながら シャワーを浴びたの 哀しいでしょう」確かにこの曲を聴いたら、ファンはウッチーに何があったのかと心配になることでしょう。一説には、麻也のプレミア移籍が関係しているのではとの憶測も。これまでは、ドイツ、オランダという陸続きの両国の間を往き来し、週5回は会っていたというマヤ、ウッチーでしたから・・・。
「外は白い雪の夜」は、拓郎ファンの間でも人気の高い曲です。そして、拓郎にとっても特別な曲のようです。「落陽」と同様、ライブでは必ずという位歌われる曲で、また、唯一出場した1994年の紅白歌合戦でも、この曲を歌っています。五木ひろし、森進一、前川清がバックコーラスを務め、日野皓正がトランペットを演奏するという超豪華な一曲でした。ちなみに対戦相手は松田聖子。この年、実は中島みゆきにも出演依頼がなされていましたが、中島みゆきはこれを辞退しています。(他にも松任谷由実、ZARD、竹内まりや、Mr. Childrenなども辞退しています。)中島みゆきが出演していたら、この曲か、あるいは「永遠の嘘をついてくれ」のデュエットが聴けたかもしれません。ほぼ20年前の話です・・・。「♫Bye Bye Love 外は白い雪の夜・・・」

2012年8月31日金曜日

ヤングなでしこ - 日韓戦

どの世代の対戦でも、日韓戦は否が応でも燃えてしまいます。ましてや、竹島領土問題のかまびすしい中、また、五輪男子サッカーの敗戦の直後でもあり、なおさらです。この世代は、2年前のU-17W杯で優勝を争い、日本がPK戦で敗れています。その雪辱戦という意味合いもあります。そんな因縁の対決ではありますが、ヤングなでしこ(写真)は、固くなっている様子もなく、その持っている力を存分に発揮しての見事な勝利でした。個々の技術、運動量、フィジカル、戦術理解度、チームとしての組織力、どれを取っても日本の方が上で、負ける要素はありませんでした。日本の3点目、田中美南が3人に囲まれながら高木に球をつなぎ、高木がゴールラインまで切れ込んでのマイナスの折り返し、西川がDFを引きよせてつぶれ役となり、フリーの田中陽子がゴールマウスに流し込んだシーンに、ヤングなでしこの強さが凝縮されていました。
24,000人対100人は、国立競技場での日本サポーターと韓国サポーターとの人数比でした。サポーターの後押しがヤングなでしこの大きな力になったことは確かです。また、25,000人対1400人という数字もあります。これは、日本と韓国の女子サッカーの登録選手数です。日本の場合、なでしこリーグ加入チームとその下部組織が大きな受け皿となっていますが、韓国の場合、年齢があがるに従って受け皿がなくなるという悩みをかかえており、U-17からU-20への道のりで大きな差が開いてしまった原因はこの辺りにあるのでしょう。日本は、過去の陽のあたらない時代を支えてきた無数のなでしこ達の遺産を大事に育てていかねばなりません。
ところで、スタジアムの席のちょうど前の一角がナイジェリア選手団用の特別シートでした。メキシコとの延長戦をかろうじて制したナイジェリアの選手達がリンゴをかじりながら偵察の為に観戦していました。試合開始当初は、配られた日韓戦のメンバー表にメモを書き込みながら熱心に観戦していましたが、20分過ぎ位から飽きてきたのか、ペンを置いておしゃべり。そのうち、ご褒美のiPadが父兄(?)から差し入れられると試合そっちのけで騒ぎ出し、後半はジグソーパズルを始める年配のコーチ(?)も。決勝の相手がナイジェリアなら、勝てそうな気がします。
冒頭で、「因縁の日韓戦」の旨書きましたが、クリーンで気持ちのいいゲームでした。試合後は、涙を拭いながら退場していく韓国の選手達にスタンドから大きな拍手が。両国間にどのような問題があろうとも、サッカーでの対戦は代理戦争ではありませんし、ましてや、純粋な10代の少女達に余計な思惑を背負わせるべきではありません。そんな意味で、韓国の選手達に向けられた大きな拍手、そして、韓国の選手達のやや控えめではありましたが、手を振って応える仕草は、とても爽やかな印象を残してくれました。