2009年2月14日土曜日

豪州戦 ‐ 最終予選8分の1?

豪州戦のスコアレスドローは、戦前予想していた結果としては、悪くない方の部類でした。守備の安定というところからすれば、このところ相手がどこであれエアポケットの時間帯での失点を覚悟しなければならないという状況に終止符を打つために、無失点試合がまずは目標となること。攻めの面では、豪州がアウェー対策で守備を固めてくると、点を取るのはかなり難しいだろうと十分予想されていたこと。ドローによる両者勝ち点1の上積みというのは、予選突破を考えると悪くない結果であること。そして、日本はシーズン前、豪州はたとえ負けても予選突破には影響は小さくモチベーションに欠けるという状況。ということで、冷静に考えると必然の結果であり、満足しなければならない結果なのでしょう。攻めの形も出来ていたし、点が入らなかったことだけが、残念と。実際、一緒に観戦したN隊長は「良かった」と前向きに総括していました。
おそらく2002年W杯決勝以来の6万人を越える観客数の日産スタジアム。試合前から異様な盛上りでした。これは、最終予選の8分の1の試合であることを考えると、単に同グループ最大のライバルとの対戦ということでは説明出来ません。やはり、2006年ドイツW杯でのあの屈辱の豪州戦のリベンジという位置づけが誰の心にもあったと思います。その意味では、正直悔しい。あの1戦は、我々以上に選手の心には大きなトラウマとなっていたはずです。それだけに最後まで冷静だった代表には逆に物足りなさを感じずにはいられませんでした。もっと気迫で圧倒するようなものがあっても良かったでのはないかと。選手達は、むしろ「最終予選の8分の1」という冷静な捉え方をしていたのかもしれません。豪州にとっては、アウェーでの無失点でのドローはまさにプラン通り。コンディションの悪い中で、日本に胸を貸して、横綱相撲を取った感じでしょうか。豪州のサポーターも試合前からビールをガンガン飲みまくって、すっかり出来上がっていました(写真)。結果にも満足していたようです。それだけに、ますます悔しさはつのるばかり・・・・・。
悔しさは、一旦おいておくとして、岡田監督が試合後語った程、代表は進化しているのでしょうか?確かに前進は感じられました。 攻撃の引出しは確実に増えていますし、スペースを作る意識、スペースを埋める(カバーリング)意識は確実に上がっています。ただ、海外組が加わる度にコンビネーションのコンセプトが一段階下ってしまう繰り返しは相変わらず。この辺りを打開するのが、岡ちゃんのこだわっているコンセプトの共有なのですが、果たして、W杯本大会までに間に合うのか?その意味でも、最終予選の1戦1戦は8分の1以上に貴重な成長の場であり、結果も内容も問わざるを得ないのはないでしょうか。岡ちゃん、ガンバレ!

2009年2月8日日曜日

プロジェクトYMO


毎年この時期プロジェクトYMO(雪・見・温泉ツアーの頭文字)と称して、雪深い秘湯を訪ねて粉雪舞う露天風呂でお酒を楽しむツアーを楽しんでいます。今回のメンバーは、森林インストラクターのライセンスを持つN隊長と有能なシェフでもあるシェルパTという秘湯仲間に、今回初めての参加、師匠Mを加えた4名。今年は山梨の奈良田温泉という身延駅からバスで1時間半山奥に入り込んだ文字通りの隠れ湯で雪見酒を満喫する予定でした。・・・・が、行けども、行けども、雪は無く、終点奈良田温泉のバス停も雪解けの跡さえ無い有様。前日に慌てて買ったスノトレもラ・フランス(ようなし)でした。奈良田温泉は、千三百年前に女帝孝謙天皇が奈良からはるばる湯治に訪れ、山あいの里の風景に「まるで奈良だ」と郷愁を感じたことから「奈良田」と名付けられた、伝説に彩られた七不思議の湯といわれています。ただ、昔の奈良田は、1953年に奈良田ダムの底に沈み、現在の地に温泉ごと移されたということです。わずか百戸程度の小さな山里の秘湯中の秘湯です。湯質は硫黄を含んだアルカリ泉で、天候・気温によって色が緑、青、白濁など七色に変わるという不思議な温泉です。晴れ渡った空の下、お湯の色は白みがかった青と緑の2色を楽しむことが出来ました(写真下)。また、シシ鍋や山菜など、いかにも猟師のオヤジこだわりの料理は最高でした。
帰りは富士宮に立ち寄って、話題の富士宮焼きそば食べ歩き。まずは駅のアンテナショップで、味のスタンダードを確認。10分ほど歩いて人気No.1の「前島」の卵入りを堪能。お店のオバちゃんが鉄板で焼きながら、半分ほど食べた後でソースを足して味を濃くしてから、最後は卵を割りいれて麺に絡めて食べます。1食で3つの味が楽しめるというさすがNo.1の味でした。浅間神社(写真上)まで歩いてお参りし、腹ごなしをした後、第1回富士宮やきそば鉄人グランプリ優勝の「虹屋ミミ」へ。このお店は「焼きそばの味が変わってしまう紅ショウガやネギは入れない」という、麺にこだわった店。短時間での3食目も美味しく頂きました。ご当地B級グルメ万歳!ところで、富士宮市は、大宮町が市に昇格する際に本来なら大宮市となるべきところを埼玉県の大宮市(現さいたま市)の為に、それが叶わず、富士山にちなんで富士宮市となった経緯があります。結果的にはとても良い名前になったと思います。現在、近隣の町村との合併話が進んでいるということですが、富士宮市の名前を守っていって欲しいものです。
というわけで、Y(雪)M(見)O(温泉)ツアーはならなかったものの、Y(ゆったり)M(まったり)、O(温泉)の旅、そして、Y(焼きそば)、M(満腹)、O(大食い)の旅となり、YMO、Mission Complete!

2009年2月6日金曜日

拓郎、ファイト

私の友人にDr.Steveという方がいます(日本人です)。10年以上前に海外で知り合い、それ以来のコアなお付き合いです。東京マラソンに初回以来連続して参加しているマラソンマンです。拓郎が好きで、つま恋にも行っておられて、私の席と20メートル程度離れたところで観ていたというのを後で知りました。不思議なご縁です。マラソンを中心に綴ったブログを開設しており、写真はそのブログから拝借したものです。つま恋での「永遠の嘘をついてくれ」のショットですね。いい写真です。
ところで、拓郎のブログで3月にテレビライブを行うことが告知されています。↓
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これが自分の道2009/02/06

3月予定のテレビライブは
想い出と現在が
つまったものになる
熱狂からは遠ざかり
静かに今を考える時だと信じる
今できる事
今したい事
それらを共に出来るなら
少しでも伝わるなら幸せだ
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拓郎、病気を乗り越えてかなり深くなっています。
「気持ち、判る気がする」と言うのはまだまだ僭越でしょう。
せめて言わせて下さい。「拓郎、ファイト」

2009年2月4日水曜日

フィンランド戦 - ちょっと、複雑

「5対1で仮想豪州のフィンランドを粉砕。これで来週の豪州戦も大丈夫!」といいたいところですが、正直今回のフィンランド代表は、反町湘南ベルマーレにも練習試合で負けてしまった若手主体のほぼ2軍メンバー。むしろリトマネンという引退間近のオーバーエイジを加えたU-23といった方が正しいかもしれません。それに、組織として機能していなかったし、GKは経験の無さを露呈、DFは覇気がなくてシュートに体を投げ出すどころか足さえ出さない。この大量得点は素直に喜べないところです。
とはいえ、スルーパスに反応するのではなく、スルーパスを引き出す動きで2ゴールを決めた岡崎は、今後の日本代表の大きな武器になると思います。岡田ジャパンのFW定着決定でしょうね。それに、スタンドで観ていて面白かったのは、前半の20分過ぎくらいから後半開始10分位にかけて見られた橋本・遠藤・憲剛が縦一直線に並ぶI(アイ)フォーメーションとも呼ぶべき陣形。この陣形でボールを上下動させながら前に運び、3人の縦のポジションチェンジで相手のマークをはずしていく動きは見事にはまっていました。これって、岡田ジャパンの秘密兵器?あるいは3人のアドリブ?偶然とは思えませんでした。
終わってみれば、5得点のうち4点は岡崎・香川・安田という五輪代表のゴール。内田・長友も良かったし、日本ももしかして遠藤・中澤のオーバーエイジを加えたU-23代表だった?やっぱり、北京五輪、遠藤・憲剛・中澤といったオーバーエイジを使っていたら(使えていたら)結構いいところまで行っていたのではと、ついつい忘却の彼方に押しやろうとしていた屈辱の3戦全敗を思い出してしまいました。という意味で、タイトルの「ちょっと、複雑」。(写真はFKの壁になる岡崎と憲剛。)
ところで、前回のブログで、かぐや姫をテーマにしておきながら、梅が出てくる歌がなかなか無いと書いたら、反町姫から「こうせつの『うちのお父さん』に出てきます」という鋭いツッコミを頂きました。その通り!「春になれば、下り梅の花が咲きます、お父さん。にっこり笑う、にっこり笑う、明日天気にな~あれ」。来週は岡田監督ににっこり笑って欲しいものです。

2009年2月1日日曜日

拓郎、かぐや姫、ユーミン

昨年末からのノン・ストップの東奔西走が祟ったのか、一昨日の夜から発熱し、丸2日間昏々と眠り続けました。歳と相談しながら、スケジュールをたてろということなのでしょう。
ところで、熱海旅行の「あの頃」しばりのカラオケでは、当然ながら、拓郎、陽水、かぐや姫、ユーミンが登場しました。彼らが同世代だったことが不思議に思えます。陽水が「彼女に会いに行きたいのに、傘が無い」と叫んでいた頃、ユーミンは「曇り空、外に出たくなかった」とつぶやきながら、彼とのデートをすっぽかしてしまっていた訳です。かぐや姫が裸電球の下でキャベツをかじっていた頃、ユーミンはさやえんどうのすじをむきながらチャイニーズスープを作っていました。かくや姫の四畳半フォークに共感を覚えながら、ユーミンのお嬢様感覚に密かに憧れていたものでした。拓郎の「となりの町のお嬢さん」は、ユーミンの「恋人はサンタクロース」に出てくる「となりのおしゃれなお姉さん」と同一人物なんじゃないかと思ったりします。拓郎の叫び、かぐや姫のつぶやき、ユーミンの囁き、全く世界を異にしていますが、時代の息吹きといったものや時代の美学を共有している気がします。そんな風に感じられるのは、リアルタイムで彼らの歌とともに青春を過ごした者の特権でしょうか。とても幸せなことだと思います。
写真は、熱海梅園の8分咲きの梅と澄み渡った青い空です。そういえば梅が出てくる歌ってありませんね。さだまさしの「飛梅」くらいですか?

2009年1月25日日曜日

穏やかな日の出 - 熱海にて

この週末、中学時代のクラスメイト達と熱海への温泉旅行を楽しみました。 それぞれ家庭持ちの6人が40年前の「××ちゃん、xxクン」に戻っての2日間でした。カラオケで南沙織、ジュリー、郷ひろみ、野口五郎、Tulipといったあの頃の歌を熱唱して、海の幸に舌鼓を打った後は、トランプで「大貧民」。梅園を散歩しながらのたわいない会話。これといった特別なイベントがあった訳ではありませんが、とても豊かな週末でした。原色に彩られたあの頃の日々とは一味違った、淡いパステルカラーの、それでも、くっきりと縁取りのされた感じの穏やかな幸せな時間でした。
揺れ動く年頃の想い出を共有している友達と時を経て出会って、語り合う時間は、不思議と穏やかな気持ちになります。気負うこともなく、構えることもなく、それでいてなんとなくどこか浮き立って。
語り合うにつれ、中学時代の日々はキラキラと輝きを増していきます。くすんでいたはずの日々も、焦燥感や劣等感に苛なまれていたはずの日々も、きらめきに包まれたかけがえのない日々に変わっていきます。よく、過去は美化されるっていいますが、きっと時を積み重ねていく中で浄化あるいは純化されていくんだと思います。年を降るにつれ、物事のコアの部分がだんだんと見えてくるということがあります。表面のささくれ立った部分をそぎ落として、思い込みや決め付けをひとつひとつはがしていくと、最後に水晶のような透明でそれでいて硬質な存在感を有する過去が残るものです。それは決して美化する作業ではなく、本来美しかった日々の本質部分を結晶させていく純化の過程だと思います。
「華麗なるギャツビー」の著者スコット・フィッツジェラルドの小説に「乗継ぎまでの3時間(Three Hours between Planes)」という短編があります。中年のセールスマンが、中学時代を過ごした街にたまたま立寄り、飛行機の乗継までの3時間に、昔憧れていた女の子に電話をかけて、既に結婚している彼女の家に押しかけます。初めは彼を歓待していた彼女でしたが、昔のアルバムを見ながら話しているうちに彼が自分が記憶していた(同名の)憧れの男の子と別人であることに気づき、急によそよそしくなって彼を追い出すという話です。小説は「人生の後半は、色々なものを失っていく長い過程である」という半ば諦めを込めた彼の言葉で締め括られています。思うに、喪失の過程は押し留めることは出来ないとしても、純化の過程を加えることで、人生は随分豊かなものになるのではなかと思います。 純化を手伝ってくれる友は大事にしなければいけませんし、そんな友との時間を少しでも多く持ちたいものです。
写真は、宿泊したホテルのベランダから見た相模湾の日の出です。美しくたなびく東雲(しののめ)に向かって鏡のように穏やかな海を出航していく小さな釣り船。まさに、そんな2日間でした。クラスメイトに感謝。毎日がこんな一日の積重ねになればと願っています。

2009年1月20日火曜日

イエメン戦 - Rising Sun

イエメン戦、さすがに熊本は遠いので、久振りのサッカーTV観戦です。でも、地方都市での代表戦って、たまにはいいですね。観客席が本当に盛り上がっていて、映し出される観客席を観ているだけでその熱気が伝わり、ワクワクしてきます。若手中心のフレッシュ代表。第一印象はイエメンvsイケメン(?)っていう親父ギャグ。そして、達也と岡崎の髪型がヘン。似合わねぇ~。その二人の得点で辛くも勝利。とはいえ、楽しいサッカーを魅せてもらいました。特に岡崎の動きは出色。はずしまくっていましたが、期待させてくれるFWですね。絶頂期の大黒をベースに高原と播戸のスパイスをまぶした感じ。岡田ジャパンのFWの軸に育ちそうな予感。達也も良かったし、香川を加えた忍者トリオの攻撃陣というのは「あり」だと思います。それにしても、「つるべの動き」を死語にしてしまったウッチーと駒野の両翼同時の上がりは楽しかったですね。このアクション・サッカーが格上チーム相手にも出来るようになれば、まさに「Rising Sun, Japan」になるのですが・・・。
Rising Sunといえばクリム伊達公子。15年前の全豪でBest 4に入って「Rising Sun」と称されました。15年の時を経ても、ライジングショットは健在。今回の全豪で見事予選を突破し、本戦出場を果たしました。本戦は、初戦フルセットの熱戦の末、力尽き、残念ながら現役復帰後の4大大会での初勝利はなりませんでした。スーパーウーマンとはいえ、38歳の年齢には、連戦の疲労と体感温度40度の猛暑はさすがに過酷だったのだと思います。それにしても、立派。中年女性の星という意味でRising Starと呼んでは失礼でしょうか。いつかじっくり話を聞いてみたい人物です。そして、昔からじっくり話を聞いてみたいと思っていた米国の巨匠アンドリュー・ワイエス氏が1月16日享年91歳で永眠されました。昨年暮れに渋谷での個展を観ることが出来たこと(11月29日付Blog)に因縁を感じます。個展は現在国内を巡回中です。どこで開催されているのか調べて、もう一度是非観てみたいと思っています。ご冥福を祈り、合掌。

2009年1月12日月曜日

祝!広島皆実優勝 - 拓郎、おめでとう

高校サッカー決勝は、特別の日でもあります。1年に1度国立のメインスタンドからサッカーを観戦する日だからです。聖火台を頂いてせり上がるような傾斜に立ち見の観客までを飲み込んだバックスタンドを眺めながら観るサッカーはまた格別です。いつものバックスタンドからの眺めとは全く違う風景です。
波乱を予感させる霰まじりの雪の中、キックオフ。堅守の広島皆実がどこまで超高校級ストライカー大迫を押さえ込めるかが焦点というのが大方の見方でしたが、開始早々から広島皆実が攻勢に出て圧倒。攻めに攻めながら点が取れない中での、前半20分、大迫の個人技による先制点。これで、昨年の流通経済大柏「大前」ショーに続く「大迫」ショーの開幕かと思いましたが、直後に広島皆実の絵に描いたようなサイドアタックによる同点ゴール。後は、広島皆実のコンパクトな組織サッカーにことごとくセカンドボールを拾われて、鹿児島城西はロングボールを放り込むだけのサッカーに。ここで勝負ありでした。3点目の右サイドドリブル突破からのドンピシャクロスに象徴されるように、広島皆実の両サイドの攻撃は見事でした。決して個として秀でたスターはいませんでしたが、それぞれが組織を信頼してプレーしているだけにケレン味のない思い切りのいいプレーが光りました。コンパクトな陣形を最後まで保ち、サイドを有効に使ったパスサッカー。優勝に相応しい好チームでした。おめでとう、広島皆実。おめでとう、拓郎(吉田拓郎は同校OB)。
大迫は表彰式直後、準優勝の銀メダルをそそくさと首からはずしていました。悔しさを胸に、気持ちは既にアントラーズというところでしょうか。そういえば、観客席には鹿島グッズを身に着けた鹿サポが多く見受けられました。来期も鹿島は手強そうです。

2009年1月3日土曜日

サッカー王国、静岡


年末年始のサッカー観戦三昧の締めくくりは、等々力での藤枝東(静岡)vs境(鳥取)の高校サッカー2回戦(写真下)となりました。試合は4-0で藤枝東の快勝。境の監督の「ラインを上げろ~!下がるな!」という再三の叱咤も空しく、藤枝東の流れるようなパスワークの前に境のDFラインはズルズルと後退し、前線との距離は開くばかり。単発のロングパスに走りこむ境の超高校級ストライカー住田も、常に二人掛かりで挟み込む藤枝東の守備の前に決定機も作れぬまま、不発。サッカー王国静岡の復活を期待させる横綱相撲でした。しかし、その藤枝東も3回戦では熊本の大津高校に屈し、ベスト8進出ならず。スコアこそ3対2でしたが、大津高校のサイド攻撃と個人技に守備陣がズタズタに切り裂かれ、力負けの完敗でした。 (スピードについていけず、後ろからのチャージで2枚イエローをもらったのは、静岡勢としては屈辱だったはずです。)
昨年こそ決勝に進出したものの、静岡代表が高校サッカーで優勝したのは95年の鹿実との両校優勝が最後ですから、もう14年前ということになります。高校サッカーの都度使われる「サッカー王国静岡」のフレーズに違和感を覚える若手世代も少なくないと思います。「王国」はもう過去のものなのでしょうか?「全国で勝つより静岡を勝ち抜くことの方が難しい」という言葉は今や昔なのでしょうか?キック&ラッシュ全盛の高校サッカー界にドリブル突破という個人技サッカーを持込み、全国を驚かせた76年の静岡学園、長谷川・堀池・大榎の三羽ガラスがトータルフットボールで頂点を極めた82年の清水東など、静岡は常にそのスタイルで高校サッカーをリードしてきました。しかし、サッカー人気の浸透に伴い、全国の技術レベル・戦術レベルが向上してきた中で、王国静岡の優位性が薄れるとともに、フィジカル・走力よりも技術を優先してきた静岡のサッカーが、全国で勝ちにくくなってきたということなのでしょう。今年の藤枝東のコンパクトなパスサッカーも先進的なスタイルでしたが、守備面での個の力という点で弱点を有し、全国を勝ちきれるチームではありませんでした。高校サッカーを制する為にはやはり「負けない」チームであるという要素が必要です。野球で言えば、絶対的なエースを有し、守備がしっかりしたチームという当たり前の条件なのですが、サッカーでは、なかなかこのような見方はされません。特に静岡では、まず美しく華麗なサッカーが優先され、どうしても、泥臭い守備は後回しになってしまいます。王国であるが故の美学へのこだわりが、全国大会での勝ちから静岡代表を遠ざけているのかもしれません。でも、それでいいのではないかと思います。。高校サッカー選手権は、それが終着点ではなく、教育や成長の過程の中での通過点です。高校サッカーあるいはユースにおいては、試合での勝利よりも大事なものがあるのではないでしょうか(勿論、勝利への執着心を植えつけることは大事ですが)。その意味で、静岡サッカーは、このまま美しさを追い求めていって欲しいと思います。そうしている限り「サッカー王国静岡」であり続けるわけです。そして、それがひいては日本サッカーのレベルを押し上げ続けていくはずです。ちなみに、08年度J1登録選手のうち静岡出身者は東京都出身者をおさえて堂々の1位です。
静岡県の誇る富士山はその高さ以上にその美しさ故に人々の心をときめかせ、畏敬の念を惹き起こすのだと思います。(写真上は1月3日新富士駅のホームから撮影した富士山) 静岡サッカーよ、いつまでも美しくあれ。

2009年1月1日木曜日

謹賀新年 - Yes, we can.

明けましておめでとうございます。
今年も元旦の国立は快晴です。一足早い菜の花畑のように黄色一色に染まったアウェーサポーター席に"YES WE CAN"の人文字(写真)が浮かびあがり、天皇杯決勝の火蓋が切って落とされました。策士石崎監督は、フランサと李を温存して後半勝負というゲームプランでアジア王者ガンバに挑みます。迎え撃つ勝負師西野監督は、心配された遠藤・橋本・明神のベテラントリオを先発に並べながらも、ゲーム途中での離脱に備えて交替カードを最後まで控える慎重な采配。仕掛ける柏に、受けて立つガンバ、という前半の展開で、再三柏が好機を作ります。ガンバ藤ヶ谷の再三の好セーブが柏の「We can」の夢を弾き返します。前半を終わって0-0のスコアは両チームにとって予定通りだったと思います。ここで両監督が動きます。柏はプラン通りフランサを投入。一方、ガンバは遠藤をトップ下からボランチに下げて、メンバー交替無しでリズムを変えます。遠藤が中盤の底からボールを散らすことでガンバが徐々にゲームを支配し始めます。フランサの絶妙なヒールパスは魅せてくれましたが、前半安田を押し込んでいた太田をベンチに下げてしまったことで、柏のサイドからの攻めのパターンが失われ、流れは明らかにガンバに傾きました。それにしても、怪我の為明らかに本調子でない遠藤はさすがでした。前線から駆け戻ってフランサのシュートに体を投げ出した執念と播戸のゴールを演出した研ぎ澄まされた勝負勘はJリーグ現役選手の中では図抜けたものがあります。W杯やクラブ選手権という世界の舞台で輝かせたい選手です。
柏の「Yes we can」はガンバの執念にはね返されましたが、今年は正に「Yes we can」の年になると思います。世界恐慌により、90年代を引きずった多くのバブリーな価値観が消滅し、今、世界は新たな価値観に裏打ちされた新たな社会を創造出来るかどうかが問われています。それは「再生」ではなく、「創造」なのです。「Yes we can」という信念をもって立ち向かわなければ絶対に達成出来ないテーマです。2009年が終焉の始まりではなく、新たなる時代の幕開けの年となることを信じつつ、謹賀新年。